2017年9月、認定NPO法人カタリバは、福島県立ふたば未来学園高校の生徒を対象に、放課後に生徒たちが自由に様々な学びにチャレンジできる「双葉みらいラボ」を開設しました。カタリバがこれまでに宮城県女川町や岩手県大槌町で運営してきた被災地の放課後の居場所「コラボ・スクール」という役割に留まらず、学校の授業の中に入って先生たちと共に新しい学びの形「探究学習」を形作ることにも取り組んでいます。
「双葉みらいラボ」の開設から1年を振り返って、これまでの成果と課題、その先に目指すべき教育の形について、ふたば未来学園副校長の南郷市兵さんにカタリバ代表理事今村久美が聞きました。
■はじまりは、2011年。
今村久美(以下、今村):今日はお忙しいところお時間いただきありがとうございます。現在、福島県立ふたば未来学園高校の副校長をされている南郷さんですが、私の大学の先輩というご縁があるんですよね。実際に仕事でご一緒させていただくようになったのは、2011年にカタリバが東北の被災地の現場に入り、あれこれと調査をしては、文部科学省で当時副大臣をされていた鈴木寛さんにも相談をしながら支援プランを練っていたときです。あの頃、南郷さんも文部科学省のお立場で東北と東京を行き来されていて、密な相談をさせていただく回数が増えたときからでした。現在は、文部科学省をお辞めになって、学校に?
南郷市兵さん(以下、南郷):いえ、出向という形で現在の副校長という職務についています。初めて今村さんにお目にかかった2011年頃は、まさか自分が今のように、学校の中の立場でカタリバの協力を得ながら学校運営をしていくことになるとは思いませんでした。2011年は、東日本大震災という大きな災害に対し文科省として「復興教育」を掲げ、カタリバのコラボ・スクールなど、各地の教育活動の支援に携わっていました。
今村:その一環で、ふたば未来学園の創設に関わることになられたということでしょうか?
南郷:そうですね。ふたば未来学園は、福島第一・第二原子力発電所を有する双葉郡の最も南に位置する、広野町にあります。原発事故で双葉郡の8町村の住民が様々な場所に避難しました。中には現在も帰宅困難区域に指定されているところもあります。今後も地域コミュニティを持続させていくためには色々な要素が必要ですが、中でも「学校」をどうしていくのかという課題がありました。地域の議論が進む中で、一つの答えとして出てきたのが、双葉郡内で放射線量が低くいちはやく町立学校も帰還していた広野町に、双葉郡の核となる学校を作ろうというものでした。
この事故は大人の責任です。未来の子どもたちにただ「ごめんね」と謝り続けても、現実は変わりません。彼らの肩にのしかかる現実は厳しい。そこから目を逸らさずに、私たち大人ができることは何か、と考えたときに、子どもたちが厳しい現実を乗り越える力をつけられるよう、徹底的に環境を整えることだと思いました。ふたば未来学園の建学の精神は「変革者たれ」です。これまでの経済優先の社会の在り方に疑問を投げかけ、新たな価値観を見出していこうとしている学校です。
今村:ふたば未来学園ができると聞いたとき、教育コンセプトもですが、実際のカリキュラムも、すごく最先端だなと思いました。私も参加させていただいていた国の中央教育審議会の学習指導要領の検討をする部会では、常にふたば未来学園のカリキュラムや評価についてなどが参考事例となっていたほどです。これからの日本の教育は生徒たちの考える力と実践力を伸ばしていこうと、アクティブラーニングやPBL(問題解決型学習)のような形が増えていくことになりますが、ふたば未来学園は「未来創造探究」という授業を真ん中においていらっしゃる。「こうなったらいいな」という、みんなの夢が叶ったような学校に見えました。だから、開校から1年が経った2016年、勉強させていただこうと思って学園にお邪魔した際に、協力のお声がけをいただいて正直驚きました。
南郷:今もですが、夢が叶っているわけではありません。学校を新しく創ることは、先生と生徒が出会ってからがスタートです。カリキュラムも独自ですし、全てが新しい。先生方はこれまでの別の学校での経験も豊富ですが、新しい「未来創造探究」といったカリキュラムについてはほとんど経験がありません。2020年に大学入試は大きく変わることになっていますが、過渡期の中で、何が本当に生徒のためになるのか、学校が掲げるビジョンとコンセプトには賛同していても、具体的な部分では強い不安を感じていました。
加えて、入学してくる生徒たちは、各々が厳しい避難体験を持っていました。「復興を担いたい」と志を持って入学してくれている一方で、心には深い傷を負っていて、実際には思うように勉強や部活に向き合えずに苦しむ生徒たちも見受けられました。生徒たちの心を支えることで精一杯という現実もありながら、「探究学習」という新しい取り組みも開発する。この2つを両立させていかねばならない状況でした。
この状況の中で私は、震災で傷ついた子どもたちに「ナナメの関係」で伴走し、子どもたちの意欲を高めているカタリバのことが気になっていました。そこで本校の校長とコラボ・スクール大槌臨学舎の見学に行き、やはり今、私たちの学校に必要なのは「これだ!」と確信しました。
今村:コラボ・スクールは、東日本大震災が起き、現地で本当に必要なことは何だろうかと探る中で生まれた事業です。震災以前のカタリバは、学校の授業へ出向いて「ナナメの関係」と「本音の対話」の場によって子どもたちが自分と向き合い一歩踏み出すきっかけを作る「カタリ場」という事業を行なっていました。けれど、日常が壊れてしまった被災地ではイベント的なものより、まずは日常的に子どもたちが安心して過ごせる場所をつくることが大切だと感じました。そこで、毎日放課後に子どもたちが来て勉強したり、全国から来たボランティアのお兄さん・お姉さんに悩みを話したりできる「コラボ・スクール」を宮城県女川町と岩手県大槌町で始めました。この7年間コラボ・スクールを続けたことで、子どもたちは安心できることで学習意欲が湧き、成績が伸びたり、自分から何かチャレンジしてみようという行動が生まれるんだということがよく分かりました。
■「双葉みらいラボ」開設から一年経ってみて
南郷:カタリバが来て、生徒、先生、地域の3つそれぞれが大きく変わったと感じています。まず生徒ですが、本当に「ナナメの関係」の偉大さを感じています。「双葉みらいラボ」は多いときは日に80人は来ています。すし詰め状態ですよ(笑)。
数値的データはないのですが、前向きに生きる生徒が増えたと実感しています。生徒たちは学校の一部として双葉みらいラボのことを受け止めているようです。学習意欲も上がりました。学校が終わって、みらいラボで集中して勉強して、帰宅するというサイクルができている生徒もいます。「探究学習」についても、自分事として取り組める生徒が増えました。学校の限られた授業時間では、なかなか個別に生徒本人の原体験や根源的な点に迫って、内発的な動機を出発点としたプロジェクトを見つけ出すところまで伴走することが出来ません。けれど放課後にみらいラボのスタッフと対話する中で、自分の「ひっかかり」を突き詰めて考えることができているようです。
今村:それは嬉しいですね。先生方はどんな風に受け止めてくださっていますか?これまでの経験からすると、組織文化の違う教職員の方々に受け入れていただくということ自体がハードルになることが多いのですが・・・。
南郷:先生方はカタリバを外部の人としてではなく、チームメイトだと思っています。カタリバのスタッフのことを「〇〇さん」と個人の名前で呼んでいますしね。
ここまでくるには、双葉みらいラボの拠点長の長谷川勇紀さんをはじめ、みなさんの頑張りがあったからだと思います。長谷川さんはまず初めに教員全員と個別面談をしてくれました。一人一人の先生方とじっくり話をして、何ができるのか、何をすべきかの戦略を立て、それを土台に双葉みらいラボをどういうものにするかを描いてくれました。学校の先生方はみんな「オレの意見が双葉みらいラボに反映されている。自分も設立メンバーだ」と思っていると思います。実際、校長や私がみらいラボの形を描いたというより、先生たちと長谷川さんが今の形を探り当ててくれたような気がします。
今村:先生方と一緒に学校の中に入って、「探究学習」を作っていくという点も、カタリバとしては初めての試みです。
南郷:先ほどもお話しましたが、先生方も「探究学習ってどうやったらいいの?」とすごく不安だったんです。そこを、カタリバのスタッフは丁寧にサポートしてくれました。先生とカタリバのスタッフで毎週ミーティングがあるのですが、生徒の個別の状態も共有してくれるし、授業の全体の進め方やワークシートなどの細かいところも提案してくれます。一緒に取り組める仲間がいることが、先生方の安心につながり、楽しんで取り組めるようになりました。カタリバのように、生徒にも先生たちにも伴走してくれる存在が学校に必要だと感じていましたが、本当に丁寧に伴走してくれています。
地域との関係性も深まっていきました。探究学習は、生徒たちが学校の外で色々と取り組む機会が増えますが、この点も、なかなか教員だけでは細やかに取り組み難い点です。けれどカタリバが双葉みらいラボのスペースに、生徒の学びに必要な地域の方を招いてくれたり、ワークショップを開いたりして、サポートしてくれます。みらいラボという開かれた場所があるので、学びが深まっていっているのだと思います。
今村:褒めていただいてばかりで恐縮です。文科省も新しい学習指導要領で「社会に開かれた教育」をうたっていますが、「閉じていたものをひらく」というのは、言うのは簡単ですけど実際にやろうと思うと大変ですよね。それに外部のNPOが入ると、先生方から「また面倒な案件を持ってきたな」と思われがちだと思うのですが、そんなことはなかったですか?
南郷:そういうことはありませんね。それは、学校とカタリバが教育目標をきちんと共有できているからだと思います。「生徒にこういう力をつけたい」「ここまで到達できている」というのを表したルーブリックがあり、それをカタリバのスタッフみんながきちんと理解しています。今年度取り組んでいる、食事処大戸屋さんがサポートしてくださった定食メニュー開発の授業も、カタリバが学校の教育目標や課題意識を理解しているからこそ、上手くいっていると思います。企業との連携授業でよくありがちなのは、打ち上げ花火的な単発のワークショップです。でもカタリバは、本校の農業の担当教員と授業を通じて育てたい力をしっかりと確認した上で、大戸屋さんとの協働授業がきちんと学びになるかを吟味し、半年前から準備していました。そういう点をきちんと押さえているので、先生たちは外部と連携した授業を自分たちのやるべきこととして捉えられます。
今村:カタリバは双葉みらいラボの活動を通じて、学校・先生方との協働していく上での距離感やリズムを学ばせてもらっています。カタリバは創業から17年が経ちますが、これまで取り組んできた様々な事業で得た学びを双葉みらいラボではフル動員してチャレンジさせていただいているように思います。
■「ふたば未来学園」と「双葉みらいラボ」が描く未来
今村:ふたば未来学園は今後、どのように発展されていくのでしょうか?
南郷:これまで地元の中学校の校舎をお借りしていたのですが、ようやく新校舎が完成します。来春4月からです。地域の人が自由に来れる学校にしたいと思っているので、そういうスペースを学校の中に設けています。生徒と地域の人たちの「意図していない出会い」を作りたいんです。「何か地域に出てやってみたい」と思っている生徒と、地域で実際に新しい風を起こしている大人が偶然に出会って、そこから新しい地域の動きが生まれるというような、学校が予期しない展開が生まれる空間にしたいですね。
今村:可能性が広がりますね。
南郷:そうですね。課題はたくさんあるので、カタリバとも一緒に乗り越えていけたらと思います。探究学習をもっと深い学びにすることも必要ですし、授業を通じて能動的に動くことが出来る生徒をより増やすことも大切だと思います。それから、これから全国の学校がアクティブラーニングやPBL(問題解決型学習)といった学びの形に取り組むことになるので、その助けとなるように、これまでの取り組みを分析していきたいですね。「ふたば未来学園だから、上手くいくんだよね」と言われてしまっては意味がない。ちゃんと役に立つ形で残していきたいです。
今村:私は日本の学校の先生のレベルは高いと思っています。海外の教育状況の視察も行きましたが、良いとされる他国の教育事例は一部を取り上げてそう語っていることも多いように思います。例えばアメリカは学校教育に格差があることは大前提です。めちゃくちゃ高いレベルの最先端の学びを届けている環境もあれば、先生方がポテトチップスを食べながら授業をし、ゲームや動画サイトに熱中している生徒たちを放置したままで授業を進める公立の学校もありました。
日本の場合、先生方の大半が長時間労働ながら真摯に子どもたちに向き合っておられ、その努力があって全国どこでも一定水準以上の教育が届いているように思います。一部のハイエンド事例だけを取り上げて「日本は遅れている」と判断したり、現場の努力をきちんと知らずに、一部の突飛な悪例を取り上げて、「日本の教育は悪い」と総論を語っていても、結果的に子どもたちのためにならないと思っています。確かに、学校には学校の独自に文化があり、外から一見するだけでは分からないこともあります。しかし、17年間、カタリバをやってきて学んだことは、こちらが学校のリズムを理解する大切さです。コラボ・スクールを運営する中で、まずは東北の地域社会の在り方や文化を理解することが大切だと痛感しました。どちらが良い・悪いという次元ではなく、お互いに理解しようというところが大切だと思います。
これからの学校を、教員以外にも多様な専門性を持った人が介在する開かれた場所にしていくためにも、教育支援の民間企業や団体のレベルを引き上げなければ、「協働」という言葉に学校の先生方が持たれる不安を払拭できません。今後もふたば未来学園の先生方と共に、子どもたちのために取り組んでいけたらと思います。
今日はお忙しいところありがとうございました。
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