カタリバは2011年より、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県牡鹿郡女川町で「コラボ・スクール 女川向学館」を始めました。暮らしが一変した中で、子どもたちが安心して過ごし未来に向かって学べる場所づくりを目指しています。カタリバ職員・渡邊洸は2013年より女川向学館で子どもたちと接してきました。震災から6年半経つ女川で、どんな想いと願いを持ちながら現地にいるのかをレポートします。
>>カタリバの理念「生き抜く力を、子ども若者へ」
>>被災地の子どもたちのためのコラボ・スクール女川向学館とは?
▲子どもたちから「こうさん」「わたこう」と呼ばれ親しまれている、渡邊
■故郷への愛着を育んでくれたもの
私は18歳まで岩手県北上市で育ちました。いわゆる田舎で、北上川や近くの山を駆け回っていました。近所のおじさんおばさんはみんな顔見知りで声をかけてくれるし、時には伝統文化や知恵を教えてくれる師匠になったりもする、そんな温かで魅力ある人の繋がりある地域で育ったことで、とても故郷に愛着があります。一方で、成長するにつれて、地域の担い手不足という問題にも気づき始めました。大好きな故郷のために役に立ちたいという想いから、大学院で地域資源を活用したまちづくりを学び、経営コンサルタントとして地方自治体の政策評価・業務改善に携わっていました。自分が力を付けたら地元に帰ろうと考えていたとき、あの東日本大震災が起きました。
■東北の後輩たちが心配
震災により、建物やインフラなど物質的なものだけでなく、家族やご近所付合いなど人との繋がりも変化しました。自分自身が、地域の人の繋がりの中で育まれてきたので、真っ先に危惧したのは、そうした地域の絆による教育力が失われた中で過ごさねばならなくなる子どもたちのことでした。北上に限らず、東北の子どもたちは自分にとって謂わば”後輩”です。その”後輩”たちに、自分が育ってきた環境より悪い環境で教育を受けさせたくないという想いを抱いて、NPOに転職することにしました。
■子ども一人一人に向き合ってきた4年半
女川の子どもたちと関わって4年半になります。英語や数学の学習を見ていた時も、拠点長として向学館の運営全般を見るようになった現在も、一番大切なことは子どもたち一人一人に向き合うことだと感じています。
震災前の女川の子どもたちは、例えば放課後の時間に商店街で地域の人に声をかけられ何かを学んだり、大家族で祖父母から先人の知恵を教わったり、ということがありました。けれど震災後は、道には歩道がなく大型工事車両が往来しているため、子どもたちはスクールバスで通学し、学校が終わるとバスで向学館に来ます。そのため誰かと話をして気付いたり学んだりする機会が少なくなりました。そこで女川向学館では学習の合間の休み時間などを使って、カタリバスタッフが子どもたちと話すようにしています。子どもたちは、本当は色々考えたり悩んだりしていますし、同時に、復興に向けて町の大人たちが忙しくしていることも感じて遠慮しています。そんな子どもたちにこちらから声をかけ、話にきちんと耳を傾け、こちらも自分の経験から考えたことや想いを伝えると、子どもたちは納得し自分から勉強に向かってくれます。
■「ナナメの関係」で引き出す子どもたちの意欲
カタリバでは「ナナメの関係」という言葉を使います。子どもにとって、親や先生というタテの関係にある人や友だちのようなヨコの関係にある人とはまた違った、ナナメの関係にある大学生などのお兄さん・お姉さんとの対話が子どもたちの心を動かすと考えています。ただ、私自身は「ナナメの関係」は子どもに対してお兄さん・お姉さんに固定されず、入れ替わったり、多様性のあるものだと考えています。自分の経験を振り返ると、いつも泥だらけになって遊んでいた友だちでも、ある分野では尊敬できる所がありナナメの関係ができていたり、社会人になってからは上司でもあり憧れの人でもあるというナナメの関係があったり、ということがありました。そうした人が自分にかけてくれた言葉が心の奥底に刺さり、今でもずっと自分の心の支えや指針になっています。そんな憧れを持つ相手が「ナナメの関係」であり、その相手が自分のことを理解した上で発した言葉が心を揺さぶり、学ぶ意欲につながっていくのだと思います。女川向学館では、子どもたちとスタッフはもちろん、幼児から高校生までの幅広い年齢の子どもたち同士の「ナナメの関係」も生み出しながら、子どもたちの成長を後押ししています。
▲生徒と二人三脚で取り組んだ「マイプロ・アワード」授賞式(左=渡邊)
■町ぐるみで取り組む教育のかたち
女川町には復興に向かって頑張る大人がたくさんいます。5年半、復興の過程を近くで見て来ましたが、復興という答えのない問いに、全国から届いた応援を自らの力に変えて、チャレンジし続けている大人たちの姿は本当にかっこいい。こうした地域のかっこいい人たちこそ地域の大きな資源であり、魅力的な大人は子どもにとって「ナナメの関係」となりうる存在です。道ができ、建物が建つことも復興の目に見える形ですが、本当の復興は次の世代を育てることだと思います。町全体で、様々な世代が出会い対話する機会を作り出し、町ぐるみで次世代を育てていくことにも挑戦していきたいと思っています。
▲子どもたちの成長を一緒に応援する向学館の仲間たち(左奥=渡邊)
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渡邊 洸(わたなべ こう)
1983年生まれ。岩手県北上市出身。
宇都宮大学教育学部卒、北海道大学公共政策大学院修了。
大学院で地域資源を活用したまちづくりについて学んだ後、経営コンサルタントとして地方自治体の行政改革、業務改善を支援。以前より地元へ戻ることを考えていたが、東日本大震災からの復興を支援することが先決と考え、2013年2月より女川向学館で東北の後輩たちの学びを支援する。東北各地に必要とされるような、まちと連携した新しい学びの形を作るべく奮闘中。
子どもたちからは「こうさん」「なべちゃん」「わたこう」の愛称で親しまれている。2015年女川駅にできた「女川温泉ゆぽっぽ」から見える、女川の海と駅前のにぎわいで日々のエネルギーをチャージしている。