“同じ学校だけど遠くにいる同級生”と学ぶ。複数校舎を持つ学校にオンライン探究プログラムがもたらしたものとは?
カタリバでは2020年度より「学校横断型探究プロジェクト」を始動し、離島・中山間地域等の地理的制約のある小規模校の生徒同士がオンラインでつながりながら、それぞれの探究を深めていく場づくりに取り組んできました。参加校は年々増え、5年目となる2024年度にはおよそ30校が参加しています。
この取り組みのスピンオフプロジェクトとして昨年度から始まったのが、熊本県立天草拓心高校の「学科間連携授業」です。同校は7つの学科・2つの校舎を有する校舎制*の高校で、校舎・学科を越えて生徒が探究を深め合うことを目的にスタートしました。今回は、“仕掛け人”である熊本県教育委員会の工木(くぎ)三恵先生、熊本県立天草拓心高校の浦田涼先生(普通科担当/本渡校舎)、北野貴子先生(海洋科学科 栽培・食品コース担当/マリン校舎)、本件を担当するカタリバ・中川玄にインタビュー。プロジェクトの概要や生徒の様子について、語っていただきました。
*校舎制…1つの高校が、複数の校舎を使用して教育活動を行う仕組み。学校の再編・統合において校舎制を採用する高校が全国で生まれています。
離れた校舎間をオンラインでつなぐ
「学科間連携授業」
──どのような課題感や経緯から、「学科間連携授業」のプロジェクトが立ち上がったのでしょうか?
工木先生:天草拓心高校は3つの高校の再編統合により生まれた学校で、本渡(ほんど)校舎とマリン校舎の2校舎からなり、本渡校舎では普通科、商業科、生物生産科、食品科学科、生活科学科、マリン校舎では普通科総合コース、海洋科学科の生徒が学んでいます。校舎同士は車で30分ほどかかる離れた場所にあり、校舎間の連携や交流が希薄なことが課題でした。同校の魅力化策を考えるなかで、カタリバの中川さんから学校横断探究プロジェクトのことを聞き、校舎間の連携にも応用できないかと考え、高校・カタリバの双方に相談しました。
熊本県教育委員会の工木先生
中川:学校横断探究プロジェクトは「小規模校の生徒が学校を超えてつながり学びを深める」というコンセプトで取り組んできましたが、工木先生からのご相談を受けて、学校内でもニーズがあることを知り、ぜひ一緒にやってみましょうと話が進みました。そして、1年目(2023年度)は、本渡校舎の普通科の2年生とマリン校舎の普通科総合コースの2・3年生を対象に、試験的に実施することになりました。
浦田先生:校舎間や学科間の交流が少ないことに加え、特に私が担当する普通科(本渡校舎)では、探究がなかなか深まらず、調べ学習止まりの生徒が多いという課題も感じていました。一方、マリン校舎は以前から地域とのつながりが強く、プロジェクト型の探究学習が進んでいると聞いていました。工木先生から学科間連携授業の件を伺い、学科や校舎を超えて交流ができたりいろんな視点から意見をもらえたりするのは、生徒にとっても教員にとっても良い刺激になるのではないか、ぜひやってみようということになりました。
──カタリバとの協働については、どのような点に魅力を感じていただいたのでしょうか?
工木先生:大きく2点あります。1つは、カタリバさんはオンライン合同授業のノウハウをお持ちで、現場の教員にあまり負担をかけず、かつ、スピード感をもって進められると考えたからです。もう1つは、学校横断探究プロジェクトの様子を拝見した際に、専門家や大学生、社会人など多様な大人がサポーターとして参加されていて、いろんな視点からコメントをされたりそれぞれの立場で伴走されたりしているのがとても魅力的に映ったからです。特に普通科では、教員自身も探究学習をどう進めたらいいのか、生徒とどう関わればいいのかを模索していると伺っていたので、生徒にとってはもちろん教員にとっても良い機会になるのではないかと考えました。
現場を知る先生方との目線合わせがカギに
──1年目は、具体的にどのようなことに取り組まれたのでしょうか?
工木先生:「校舎間をオンラインでつないで一緒に探究学習に取り組む」という具体的なイメージを教員に持っていただくために、学校横断探究プロジェクトの映像を見てもらったり、どんないいことが期待できるかを伝えしたりして、理解いただくところから始めました。校長先生をはじめ管理職からの後押しがあったことはとてもありがたかったです。
中川:昨年の4月から先生方とミーティングを重ね、5月には実際に高校に伺い、生徒の様子を見せていただきました。先生方との目線合わせがしっかりとできたことが良かったと感じています。こうした準備期間を経て、7月と11月の2回、校舎間をオンラインでつないで合同授業を行いました。1回目は、自分たちが取り組んでいる、もしくはこれから取り組もうと考えている探究テーマについて共有し、2回目は探究の進捗や課題について発表しました。1年生のときに探究の基礎を身につけていたこともあり、テーマが具体化している生徒が比較的多く、普通科(本渡校舎)では自分の興味関心を起点にしたテーマ、普通科総合コース(マリン校舎)では観光促進や移住促進など地域との協働プロジェクトや地域課題に関するテーマが多い印象でした。
浦田先生:1年目は私もファシリテーターとして参加したのですが、探究に慣れているマリン校舎の生徒にどのように声をかけたらいいか戸惑う場面もあり、私自身も学びの多い授業となりました。
──1年目を終えて、生徒や先生方の反応はいかがでしたか?
工木先生:校舎や学科が違う生徒同士はほとんど接点がなく、普段は話す機会がありません。アンケートでは、「他学科の生徒と話せたのが新鮮だった」「他学科での取り組みが知れた」「自分の探究テーマについて意見がもらえた」など、有意義だったという回答が多く見られました。教員に関しては、中川さんをはじめカタリバのスタッフの方々が教員に寄り添い、丁寧に進めてくださったことで、チームとしての信頼関係が生まれました。
教員も率直に自分の意見を言っていて、とてもいい関係性だと感じます。また当初は「負担が増えるのではないか」「他学科の知らない生徒にどう接したらいいかわからない」といった声もありましたが、カタリバさんとの協働やサポートにより、教員の不安も解消できたのではないかと思います。
熊本県立天草拓心高校の浦田先生(写真左)と北野先生
大学生や社会人約30名が参画し、
交流をサポート
──2年目の今年は、どのようなことに取り組んでいるのでしょうか?
中川:2年目の今年は、全7学科に拡大し、各学科の1年生を対象に学科間連携授業を実施しています。1年生の1学期は地域について学ぶ「天草学」に取り組み、探究が本格的に始まるのは2学期ということもあり、今年は10月に1回目の連携授業を行いました。それぞれが探究したいと考えているテーマについて発表・共有し、フィードバックし合うというのは昨年と同じですが、今年は大学生や社会人のサポーター約30名に参画してもらっているのが特徴です。学校横断探究プロジェクトでサポーターを務める方や熊本県職員の方、熊本出身の大学生・社会人など、多くの方々にご協力いただいています。1回目の授業では、7学科の生徒を4~5人ずつ30グループに分け、各グループにサポーターがついて意見交換をファシリテートしてもらいました。
工木先生:サポーターの中には大学生も多く、高校時代に取り組んだ探究のことや大学生活のことなどいろんな話を聞くことで、生徒が自分の近い将来像をイメージできるのがいいなと感じました。教員と生徒とでは、評価する・されるの関係になりがちですが、今の若い世代は否定や評価をしないで相手の話を聞くのがとてもうまくて、本当に素敵だなと思います。オンラインコミュニケーションに不慣れな生徒やシャイな生徒がいても、うまく場を盛り上げてくれていて、すごいなと思いましたね。
浦田先生:昨年とは違って今年は1年生を対象にしたので、まずは生徒同士が交流してお互いを知り、探究のイメージを膨らませてほしいというのが私たちの希望でした。今年はサポーターの方々が入ってくださったので、授業では、私たち教員は(接続などの)トラブル対応に徹していました。
──今年の1回目の授業では、生徒の様子はいかがでしたか?
中川:私自身もファシリテーターとしてグループに入りましたが、探究に取り組み始めたばかりということもあって、生徒の状況はさまざまでした。事前に発表用のGoogleスライドを配布したのですが、スライド資料を準備するなどしっかり事前準備に取り組んでいる印象でした。一方、他の生徒の発表に対するフィードバックのシーンではなかなか意見が出ないこともありました。画面に顔を出さない生徒も一定数いて、もちろん顔を出すことは強制ではないのですが、生徒にとって心理的なハードルが高いのだと感じました。2月に実施する第2回授業では、改善できるようにしていきたいですね。
工木先生:そうですね。顔出しはためらっても、リアクションボタンを使うなどコミュニケーションをとろうとする姿勢は印象的でした。今後、回を重ねてオンラインコミュニケーションに慣れてくると、変わるかなと期待しています。
浦田先生:生徒の反応は上々で、普段話さない人たちと話せて楽しかったと言っていましたね。2学期から探究がスタートしたばかりで、テーマを深めきれていない生徒が多かったのですが、これから何をするかを考えるうえで貴重な機会になったようです。いろんな人の話を聞いて、多様な視点や考え方があることを知れただけでも、有意義な時間だったのではないかと思います。いつものメンバーだけで考えていると、どうしても考えが凝り固まってしまう部分があると思うんです。気づきがある、視野が広がるというのは、学科間連携授業の最大の価値だと思います。
北野先生:多くの生徒にとっては初めての発表の場だったと思うので、最初の小さな目標をクリアできたかなと思います。マリン校舎の生徒からは、「他の生徒やサポーターの方からもらった質問やフィードバックが響いた」「課題を解決するためにしっかりと検証していきたい」といった声も聞かれました。
学科間連携授業に参加する生徒たち
「多学科」という特色を活かし、
高め合える学校に
──今後に向けた課題、展望をお聞かせください。
中川:1回目は他学科の生徒と交流し、お互いの取り組みを知る場でしたが、1月に行う2回目の授業については、探究の視点で内容を深めていきたいと考えています。場合によっては、学校横断探究プロジェクトと合流して、似た学科を持つ他の高校とつなぐというのも面白いかもしれません。また、これをきっかけに、オンラインでの学内交流が探究以外のシーンでも広がるといいなと思います。
北野先生:海洋科学科では2・3年生で課題研究に取り組み、自分のテーマを突き詰めていくのですが、どうしても内容を深めきれない生徒も一定数います。学科間連携授業を通していろんな見方・考え方を知ることで、多角的に捉えるという探究学習の基礎を身につけられるのではないかと期待しています。
浦田先生:探究学習を頑張っている他学科の生徒から刺激を受けて、自分たちももっとできるはずだと挑戦する生徒が出てきてほしいですね。せっかく同じ学校で複数の学科の生徒たちが学んでいるので、その良さを発揮できるようにしたいと思います。
工木先生:天草拓心高校は特色のある学科が多いので、中川さんの話にあった他校の似た学科とつなぐというアイデアはとても魅力的だと思います。現実的な課題としては、やはり通信環境や機器の整備です。現状では事前準備やトラブル対応に時間や手間がかかっているので、もっと気軽にもっと頻繁に、校舎間をオンラインでつなげられるといいですね。将来的には、学科や学校の枠を超えた連携授業をきっかけに、新たな試みや生徒同士のコラボレーションが生まれるといいなと思います。そしてそれが、学校の新たな魅力につながることを期待しています。
カタリバは2024年度より 文部科学省「各学校・課程・学科の垣根を超える高等学校改革推進事業(都道府県を超える探究プラットフォームの構築)」事業を受託し、学校間連携ネットワークの構築を「学校横断型探究プロジェクト」と題して推進しています。
小規模校だけではなく、今回お話を伺った熊本県立天草拓心高校のように、多様な学科を持つ学校にもニーズに合わせてご参加いただけます。また1つの学科からでも参加いただくことができます。
12月以降オンライン説明会を実施していますので、ご関心のある方、まずは話を聞いてみたい方もお気軽に申込ください。
■説明会日程
・12月26日(木)17:30~18:15
・1月10日(金) 17:30~18:15
・1月16日(木) 17:30~18:15
・1月22日(水) 17:30~18:15
■詳細・お申し込み
https://www.katariba.or.jp/event/45485/
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笹原 風花 ライター・編集者
ライター・編集者。奈良県出身、東京在住。第2の故郷はオランダ・ライデン。高校生向けの大学受験情報誌の編集部に4年間勤めたのち、制作会社勤務を経て2014年に独立。取材・執筆分野は教育や学びを中心に多岐にわたり、企業の社内報や広告制作などにも携わる。
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