いじめなどの早期発見も。子ども向けチャット相談「ブリッジ」の可能性
2022年度、学校を30日以上欠席した長期欠席の児童生徒は46万人超(*1)、小中高でのいじめの認知件数は68万件超(*2)と、どちらも過去最多を更新。多様な悩みを抱える子どもたちに寄り添う支援が求められる一方、スクールカウンセラーなど専門職の人的リソースが不足しているという実情もあります。
こうした背景のもと、2023年にカタリバは、石川県加賀市と連携し、子どもたち向けのチャット相談「ブリッジ」の運営をスタートしました。加賀市内の小中学校全23校で導入されたブリッジには、2023年度で1888件の相談が寄せられており、学校が把握していなかったいじめや校内暴力など重大な懸念事案25件の早期発見、対応にもつながっています。
2024年7月11日、加賀市とカタリバはオンラインイベント「子どものSOSキャッチのために――自治体と連携したチャット相談の可能性」を開催し、ブリッジ運用の成果を報告しました。メディアや自治体、教育・福祉関係者などが参加した同イベントの様子をレポートします。
(*1,2)「令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」(文部科学省)
学校配布端末から24時間相談可能
チャットが子どもの居場所にも
イベントは、カタリバの相談チャット責任者である藤井理夫によるチャット相談「ブリッジ」の概要説明からスタートしました。
ブリッジは、小中学生に対して学校から一人一台配布されているGIGA端末からつながれる相談窓口です。端末のホーム画面に設置したアイコンから、24時間いつでもメッセージを送信可能。時間制限はなく、何ヶ月にもわたって継続的に相談できるのが特徴です。
子どもとコミュニケーションするのは「こども相談員」と呼ばれる20~30代の若手支援者たち。元教員や社会福祉士、心理士など子ども対応への経験が豊富な「相談支援コーディネーター」と連携し、支援方針を考えます。
「相談員からの返信は、平日の午前7~10時と午後2~5時。授業時間を避けながら、子どもの自死が多い時間帯に配置しています」(藤井)
ブリッジは、“ブリッジさん”というキャラクターと対話するという設計です。好きな食べ物、しりとりなど雑談やゲームといったコミュニケーションから始まる子どもも多く、藤井は「スタートして初めて、ブリッジがただの相談窓口ではなく居場所機能も持っていることに気づいた」と話しました。
全小中の4人に1人がアクセス
重大事案の早期発見、対応も
2023年9月から7ヶ月間で、ブリッジを利用した加賀市の小中学生は約4200人中1125人。毎月の平均相談件数は254件に上りました。子どもたちの相談の主訴で一番多いのは「子ども同士の人間関係」(217件)で、中には学校行事、クラスに関する相談もありました。
全相談のうち希死念慮やいじめ、虐待といった「要配慮事案」は203件。そのうち、子どもたちの身の安全を守るために教育委員会へ即時通報された「緊急通報事案」は13件でした。
「ブリッジが課題の早期発見につながることもわかりました。最初の5ヶ月間に寄せられた要配慮事案のうち約7割は、学校でも把握ができていないものでした」(藤井)
子どもたちが初めてコミュニケーションをとってからいじめや希死念慮といった重大な事案を口にするまでには、平均28日間かかることも明らかになりました。「相談するための場」がセッティングされる対面相談とは違い、チャット相談は子どもの「話したいけれど話せない」という葛藤に寄り添えることもわかってきました。
希死念慮やいじめなど配慮の必要な事案がわかった際にすぐ対応できるよう、ブリッジは匿名相談ではありません。加賀市では、ユーザー登録をする際に学校で配布するメールアドレスを「ニックネーム」として設定するように案内しています。
「完全匿名ではないと重大な相談ができないのではと心配しましたが、スタートすると子どもたちから相談が寄せられるようになったので安心しました」(藤井)
要配慮事案が判明すると、ブリッジではその内容とメールアドレスを教育委員会に連絡。教育委員会はメールアドレスから児童生徒を識別し、学校現場にフィードバックします。
「学校現場では、チャットでの相談内容には触れないように配慮しつつ、子どもを見守ります。同時にブリッジでも、子どもとのコミュニケーションを続けます」(藤井)
なおブリッジは、子どもだけでなく保護者や教員からの相談窓口にも対応しており、相談支援コーディネーターが個別ケースごとに寄り添っています。
「また、子どもたちから集まった相談内容はクラウド上で管理し、学校ごとの共有ファイル上でリアルタイムに更新。加賀市教育委員会には月に一度の定例会で報告を行い、場合によっては学校や福祉部局とも連携しながら支援に当たっています」(藤井)
ブリッジ導入は教育相談の一環
今の子にチャットの気軽さが奏功
イベント後半は、加賀市教育委員会の口出夏己さんと藤井がパネルトーク。導入までの背景から今後の課題、オンラインを活用した人材シェアの可能性などについて考えました。
石川県加賀市では2023年1月、深刻な人口減少を背景に「加賀市学校教育ビジョン」を策定し、教育改革を推進してきました。
ブリッジの導入は、教育ビジョンにある「子どものSOSをキャッチする仕組み構築」「保護者の相談体制の充実を図る」という施策の一環。年々増え続ける不登校対策として、校内のサポートと校外のサポートの拡充に加え、教育相談体制を充実させる一手としてブリッジが導入されました。
加賀市の不登校支援プラン
かつての加賀市における子どもの相談先は電話相談、または各学校に週1~2回巡回しているスクールカウンセラー、養護教諭や担任の先生等との対面相談のみでした。チャット相談は初めてでしたが、その導入はスムーズだったそう。その理由は、周知の徹底にありました。
「導入の理由を校長会で複数回にわたり説明したり、現場の教員用導入マニュアルを配布したりしたほか、利用率を上げるため児童生徒のGIGA端末のホーム画面にアイコンを常時表示。また全小中学校の保護者に、連絡アプリを使って周知を行いました」(口出さん)
その甲斐あって、開設当初から多くの子どもたちのアクセスが見られました。
では実際、ブリッジはどのように課題解決に役だったのでしょうか。二人は次に、ブリッジに『学校で嫌がらせを受けていて、一人で泣いている』『転校したい』という相談が寄せられた事例を紹介しました。
「相談を受け、緊急で教育委員会から学校へ情報共有をすると、学校では事案を把握できていませんでしたが、すぐに学校長を中心に対策チームを結成。母親にも情報共有したところ、ショックを受けつつも、『今後もそのような相談があったら教えてほしい』と要望を受けました」(口出さん)
ブリッジでは対話を継続していましたが、やり取りを続けていくうちに本人の気持ちも穏やかに。チャットに手書きのお礼の手紙の写真を送付してもくれました。
「これはブリッジを通して学校や保護者と連携して対応に当たることができた事例です。一方でチャットだけでは深刻さの判断が難しく、希死念慮について保護者に伝えるべきか迷ったケースもありました」(口出さん)
学校からの「重大事案についてブリッジでの具体的な相談内容を知りたい」という声を受け、今年度からは、子どもの身の危険に関わる緊急通報事案についてはチャットのログも共有しているそうです。
「電話でのコミュニケーションにハードルを感じる今の子どもたちに、気軽に連絡できるチャットはフィットしていると思います。保護者にも学校にも友達にも言えないことを話せる環境を作るという意味でも、有益ではないかと考えています」(口出さん)
今後の展望については、「ブリッジに寄せられた多様な相談を分析し、ノウハウ化していきたい」と口出さん。特に緊急通報事案について、学校で支援にあたる教員やスクールカウンセラーの参考になる事例集を作りたいそうです。
「不登校の子どものなかには家庭訪問をするよりもブリッジでコミュニケーションをとる方がつながりやすいケースもあると思うので、アウトリーチの方法の一つとしてもブリッジをもっと活用していけたら」とも語りました。
チャット相談は
支援者の雇用機会の創出にも
質疑応答では、支援者やメディア関係者から質問が寄せられました。最初の質問は、配慮が必要な子どもとの関わり方について。
「チャットの対応時間を区切っているのがポイント。夜間帯はネガティブな思考になりやすいため対応を午後5時で終え、日をまたぎながらゆるやかなラリーを続けます」(藤井)
「希死念慮を持ち続ける子どもの場合、中学への進学時に小学校時代の様子を共有し、他の生徒より気にかけてもらうよう伝えたケースもありました」(口出さん)
2つめは、「子どもの秘密を守るという観点を持ちつつ、子どもの安全を守るためにしていること」という質問です。
「個人情報の扱いに関しては、加賀市とカタリバで事前に協定を締結。児童生徒には、利用規約として『あなたの身に危険が及ぶ相談の場合、学校や市教育委員会と連携して対応することがあります』と伝えています」(藤井)
子どもに不利益が生じないような学校側とのやりとりにも気を配っています。
「例えば『○○先生の対応が嫌い』という相談では、その先生本人ではなく管理職などの先生に伝えて対応を協議しました」(口出さん)
いじめなどの要配慮案件でも、学校に伝える内容は教育委員会内で精査し、実態が捉えきれていないと判断すれば、すぐには学校に共有せずブリッジに確認依頼をすることがあるそう。
「とはいえ、希死念慮などはすぐに学校に共有し、養護教諭やスクールカウンセラーといった、その子どもが話しやすい大人と連携しつつ、SOSを出しやすくする対応をしてもらっています」(口出さん)
最後に寄せられた質問は、支援の運営体制についてです。
「昨今スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーなどの人材不足が叫ばれる一方で、それらの専門性を持った人材の中にははフルタイムでの勤務が難しい方もおり雇用のミスマッチが生じています。そこでブリッジでは、オンラインという特性を生かし、フルタイム勤務が難しいという方でも隙間時間を活用した勤務ができる体制を作りました」(藤井)
一人の子どもに複数の支援員が関わることになるため、支援の一貫性を保つ工夫として相談支援コーディネーターを立てるほか、毎回相談履歴を残して配慮すべき点を引き継いでいます。
オンラインという特性を生かして子どもたちに向き合う人材不足の問題を解消し、子どもたちの抱える悩みに素早く寄り添い、適切な解決に導くことをめざしているブリッジ。カタリバではこれからも、子どもたちのSOSを拾うための試みを続けていきます。
関連記事
・「不登校傾向」が5年間で8万人増。カタリバ独自調査と支援現場の声で考える不登校の課題とこれから
・行政の子ども支援をICT活用で最大化。自治体連携から見えた「キッカケプログラム」の可能性
有馬 ゆえ ライター
ライター。1978年東京生まれ。大学、大学院では近代国文学を専攻。2007年からコンテンツメーカーで雑誌やウェブメディア、広告などの制作に携わり、2012年に独立。現在は、家族、女性の生き方、ジェンダー、教育、不登校などのテーマで執筆している。人の自我形成と人間関係構築に強い関心がある。妻で母でフェミニストです。
このライターが書いた記事をもっと読む