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KATARIBA マガジン

可能性ある外国ルーツの子どもたちの前に立ちはだかる壁とは?〜 難関エンジニア養成校に進学したソルさんへの伴走の軌跡〜

vol.334Report

家庭の事情により大学進学を諦めざるを得なくなり、将来への希望を見出せない時期もあった外国ルーツの高校生ソルさん。

しかし、高校の先生と協力して外国ルーツの学生のサポートを続ける多文化共生教育ネットワークかながわ (通称:ME-net/ミーネット)とカタリバRootsプロジェクト(外国ルーツの高校生支援)が連携してサポートすることで、ソルさんは新たな目標を見つけ、フランス発、世界31カ国に展開するエンジニア養成機関と神奈川県内の職業能力開発短期大学校に合格。将来の夢を実現する足がかりをつかみました。

2つの団体の連携で実現したサポートの内容と、これからの多文化共生社会に必要な支援のあり方とは何か? ソルさん本人とME-netの高橋事務局長、カタリバRootsプロジェクトの渡邉が語り合いました。

ソルさん(写真中央)
2005年生まれ。モンゴル出身で、中学校3年生のときに来日。現在、昼は神奈川県立産業技術短期大学校に通いながら、平日夜や週末の時間を使ってフランス発のエンジニア養成機関42 Tokyoで学ぶ。将来は教育や若い人たちが活躍できるような街づくりに関わりたいと思っている。

高橋 清樹(たかはし・せいじゅ)/認定NPO法人 多文化共生教育ネットワークかながわ (通称:ME-net/ミーネット)事務局長(写真左)
多文化共生教育ネットワークかながわ(ME-net)事務局長
神奈川県立高校や養護学校の教員として38年勤務。教育現場や地域のNPO団体のメンバーとして外国につながる子ども若者の教育支援に関わってきた。2019年文部科学省「外国人児童生徒等の教育の充実に関する有識者会議」委員、文部科学省外国人児童生徒等教育アドバイザー。

渡邉 慎也(わたなべ・しんや)/認定NPO法人カタリバ Rootsプロジェクト(外国ルーツの高校生支援)パートナー(写真右)
1991年生まれ。日本と韓国のハーフで、香港育ち。米国シカゴ大学(The University of Chicago)へ進み、香港で塾講師経験を経て、ニューヨークのコロンビア大学院・Teachers Collegeへ。その後、学校と連携した教育プログラムをつくるタクトピア株式会社へ入社。現在はカタリバのRootsプロジェクトにて外国ルーツの高校生のオンラインキャリアセンターとプログラムの効果検証を担当する。

目的は同じだけど
アプローチ法は違う。
だからこそ連携する意味がある

──まず、多文化共生教育ネットワークかながわ (通称:ME-net/ミーネット)とカタリバ Rootsプロジェクト(外国ルーツの高校生支援)が連携するようになったきっかけを教えてください。

高橋さん: ME-netでは神奈川県内の31の県立高校・市立高校に多文化教育コーディネーター(*1)を派遣し、高校の先生と協力して外国ルーツの生徒に必要な支援を計画・実行しています。私は事務局長として、そのコーディネーターと連携しながら、高校での学習支援教室や、外国ルーツの中学3年生を対象に高校生活について理解するためのプレスクールなどにも関わっています。

一方、カタリバのRootsプロジェクトは、都内の高校で「多文化共生プログラム」という授業をする他、外国ルーツの高校生をさまざまな企業につなぐ取り組みなどもされるなど、我々とは異なるアプローチをしています。そこで、プレスクールでの授業をお願いしたいと思い、2年前に声を掛けさせていただいたんです。

(*1)高校の先生と協力して、外国ルーツの生徒に必要な支援を計画・実行する人のこと。

渡邉: 1995年の発足以降、地域に根ざして外国ルーツの子どもたちの支援を幅広く展開されているME-netさんや高橋さんは、2019年にRootsプロジェクトがスタートした当初からお名前をよく聞いており、今ではRootsプロジェクトスタッフにとってメンターのような存在です。そのME-netさんからプレスクールに関してお声がけいただいて、ぜひ勉強させてもらいたいと思い参加させていただきました。

──渡邉さんとソルさんとはどこで出会ったのでしょうか?

高橋さん:渡邉さんがプレスクールの授業の参考にと、高校の学習支援教室を見学に来てくれたんです。そこにソルさんが学習支援の参加者として来ていたんでしたね。

渡邉: ソルさんはすごく一生懸命に勉強に取り組んでいて、話を聞いてみたいと思い私から声をかけました。それからソルさんがRootsプロジェクトが開催するイベントにも参加してくれるようになり、進路の話などもするようになりました。

在留資格によっては
日本の奨学金が借りられない!?
金銭的な問題が進学の障壁に

──当時、ソルさんはどのような進路を希望していたのですか?

ソルさん:僕は高1のときに学習支援教室で知り合ったITエンジニアの先輩の影響で、プログラミングのおもしろさに触れ、将来はITエンジニアになりたいと考えるようになりました。ただ、進学先は大学の文系学部を希望していました。理由は理系よりも文系の方が自分の時間がつくれそうだと思ったことと、就職のために学部にこだわらずとにかく大学の卒業証明書が欲しかったんです。

文系の大学に進んで、空いた時間に個人的にITの勉強をしようと思って、高橋さんや渡邉さんに相談しました。

──ソルさんの進路について、ME-netとRootsプロジェクトが連携してサポートしたということですが、具体的にどういうことをしたのでしょう? 

高橋さん:私たちはソルさんの高校にも多文化教育コーディネーターを派遣していますので、ソルさんの担任と連携しながら学校の中からソルさんをサポートしました。学校では進学のためのさまざまな手続きが必要です。学校との面談や書類の書き方、進学に必要な手続きなど、外国ルーツの生徒には難しいことばかりです。それを近くでフォローするのも多文化教育コーディネーターの役割です。

渡邉ME-netさんが学校内部での連携をし、我々は学校の外から高校生のサポートする形です。ソルさんは大学進学を希望していましたが、日本の大学のほとんどは日本語でしか情報を発信しておらず、それを読み解きながら自分の選択肢を考えることや、ご家族と相談できるように整理することをしていました。

Rootsプロジェクトでは、高校生が少ない可処分時間の中でいつでもアクセスできる「オンラインキャリアセンター」を開設していて、そこで生徒のニーズに沿って情報や機会につなげることを実施しています。

高橋さん:私と渡邉さんも情報を共有し、渡邉さんからのフィードバックがあったときには担任にも連携していました。こうすることで、皆が同じ目線でソルさんの進学をサポートできるようにしたんです。

──その中で、ソルさんの進学のハードルとなったのはどういう点だったのでしょう?

ソルさん:金銭的な問題が一番大きな悩みでした。大学進学には大きなお金がかかりますが、僕が持つ在留資格と滞在歴では奨学金を借りることができないんです。

高橋さん:外国にルーツを持つご家庭が日本で生活するには、第1に自分たちの生活を安定させる必要があります。教育費は日本人にとっても大きな負担ですが、外国にルーツを持つ家庭にとってはさらに厳しいものです。そのため、子どもの教育にまで手が回らないケースが多いのが現状です。

ソルさん:母も父も「自分が本当に行きたい進路に行きなさい。無理して行きたくない所を選ぶことは絶対しないで」と言ってくれていました。ただ、同時に「金銭的な問題があるから、学費が低いところを自分で探してね」とも。どうしたらいいかわからなくてすごく悩みました。

企業でのインターンシップが
刺激になるも
大学進学が叶わず無気力に

──ソルさんが悩んでいたとき、渡邉さんはGoogle合同会社(以下、Google)のインターンシップをすすめたそうですが、何か意図があったのでしょうか?

渡邉: ソルさんはME-netさんのサポートで、希望の進路を担任の先生にしっかり伝えることができていましたし、学習支援教室にも毎週通って努力を続けていました。そんな中でRootsプロジェクトができることは何だろうと考えたとき、ソルさんが進路を考える参考になるような機会に接続することだと思ったんです。

ちょうどその頃Rootsプロジェクトでは企業のみなさんと連携して、外国ルーツの高校生を対象にしたインターンシッププログラムを行うことが決定していました。ソルさんが思い悩んでいることを知っていたので、エンジニアとして実際に働いている方々と対話して新たな視点を得ることや、つながりを得るきっかけになるかなと思って参加を促しました。また、参加したソルさんの様子を高橋さんにも伝えることで、彼が何に熱意を持ってエンジニアを希望しているのかを、より深く学校と共有できるとも考えました。

ソルさんが参加したGoogleと連携したインターンシップ

──Googleのインターンシップに参加していかがでしたか?

ソルさん:もう想像以上にすごい体験でした! Googleのような有名な会社のエンジニアの人たちは、すごく遠い存在だと思ってたんですが、話してみると“普通に同じ人間だ”って思いました。でもその一方で、とても努力をしている人たちでもありました。こういう人になるために自分も頑張らなきゃなって、すごいモチベーションになりました。

──しかし、現実には経済的な理由から大学進学は諦めざるを得ない状況だったそうですね。最終的にどのような進路を選んだのでしょう?

ソルさん:学校の先生方も僕がエンジニアを目指せるようにすごく考えてくれて、産業系の職業能力開発短期大学校をすすめてくれていました。推薦入学で進めることもあり、ここに決めました。

──気持ちはすぐに切り替えられましたか?

ソルさん:いえ、まったく……。大学には進学できないという事実を前に絶望しかなくて、何もかも面倒くさくなってしまいました。何もする気にならないし、眠っても眠ってもただひたすら眠くて……。渡邉さんが「進路の話をしよう」って電話をくれてカフェで会ったときも、半分眠ってるような感覚でした。

失敗してもいいから
やってみよう!
難関プログラミングスクールに
チャンレジ

──カフェで会った際、渡邉さんは42 Tokyoというプログラミングスクールをすすめたそうですね。

渡邉:42 Tokyoはフランス発のエンジニア養成機関で、24時間利用可能な施設などの新しい仕組みをつくり、学費は完全無料。それだけに人気が高く、試験も難しくて4週間にわたる入学試験の合格率は30〜40%程度と聞いていました。

カタリバが支援する子どもたちに対して見学に来てはどうかと42 Tokyoを支援する合同会社DMM.comさんから提案をいただき、ソルさんにも声をかけました。ソルさんが職業能力開発短期大学校への進学を決めたことは聞いていたのですが、エンジニアの技術を無料でしっかりと身につけることができるもう1つの機会として、ソルさんにつなげられればと思ったんです。

ソルさん:話を聞いたときは本当に無気力だったので、どうせ受からないのに行く必要あるのかなと思っていたんです。でも、見学に行って話を聞いたとき、ここに入れたら僕だって大きい企業で活躍するエンジニアになれる可能性が見えた気がしました

何もかもどうでもいいと思ってたんだから、失敗してもいい。このチャンスを逃がすよりやってみようと思いました。ただ、落ちたら恥ずかしいので、受験することは誰にも言いませんでした。

──試験は24時間オープンのキャンパスに4週間通いながら、他の受験生と協力してコーディングの基礎課題に臨むというハードなものですね。

ソルさん:わからないことだらけで、初日からすごく大変でした。最初の1週間くらいは皆で一緒に課題をやっていたんですが、周りの人たちの成長が早くて僕だけ遅れてしまって……。それでも最後まで頑張ろうと、ほぼキャンパスで生活しながら取り組みました。

お風呂はキャンパス近くの銭湯に行き、眠くなったらそのままパソコンの上で寝て、課題に取り組んだ時間は最終的に計390時間。一緒に受験した人の中で最長だと言われました。感覚的にはキャンパスに1年ぐらいいた気がします(笑)。

──合格発表の日のことは覚えていますか?

ソルさん:はっきり覚えています。4月5日で、メールで合格者リストが送られて来るんです。リストに自分の番号があるか探している間は、人生で一番緊張しました。自分の番号を見つけたときは、思わず大声で叫んだほどです(笑)

渡邉:その翌日、メッセージをくれて合格したことを聞きました。受験するとは聞いていなかったので驚きましたし、本当に頑張ったと思いました。

高校生たちは「機会」に1度接続されれば、すぐに行動や変化を起こせる力を持っています。そして、自分でどんどん力をつけ、次につなげていくことができるということを、ソルさんを見ていて改めて実感しました。

多くの大人が共に考え、
連携することで
高校生たちの機会を
広げることができる

──現在は、推薦入試で合格した職業能力開発短期大学校に通いつつ、夜や週末に42 Tokyoに通っているそうですね。

ソルさん:大変だけどすごく充実していて、楽しいです。僕はこれまで、親はもちろん高橋さんや渡邉さん、学校の先生方、日本語教室の先生、ITの楽しさを教えてくれた先輩など、たくさんの人にお世話になり、助けてもらいました。いろいろな人と関わり、いろいろな経験をすることで、見える世界が広くなったと実感しています。

これからは、皆に恩返しができるような人になりたいですし、僕のように進路や将来に困っている人の力になりたいと思います。

高橋さん:ソルさんの場合、学校には多文化教育コーディネーターがいて、ソルさんの希望を軸に現実的な進路選択ができました。そしてさらに42 Tokyoという2つ目の進路も得ることができたのは、本当に素晴らしいことだと思います。

ただ、私も学校の教員だったからわかるのですが、外国ルーツの生徒への対応は、学校や担当の先生によってまるで違います。生徒の評価法が旧態依然としており、進路も「漢字が書けないならここは無理」と画一的に評価されてしまうケースもあります。

渡邉:とてもわかります。日本語の会話に問題がなくても漢字が苦手だと、「日本語力がないから、この会社はむずかしいね」と、就職試験はもちろんインターンシップすら挑戦させてもらえないことが少なくありません。既存の社会の仕組みや制度が、外国ルーツの高校生たちの機会を大きく制限しているんです。

高橋さん:そこを変えていくには、まず学校が変わる必要があるのですが、先生方は多くの業務を抱えてとても大変です。特に外国ルーツの生徒への対応には、在留資格などさまざまな専門知識や手続きも必要で、学校だけで解決していくのは難しいでしょう。

だからこそ、学校がNPOや外部機関との連携をもっと増やし、協力し合っていく必要があると実感しています。

渡邉:私も外国ルーツの生徒の将来を、学校だけに負わせるのは違うと思います。例えば、企業の中には大学生や高校生に学びや採用の機会を提供しているところもありますが、その多くは日本人であることを前提にしています。それを外国ルーツの若者も想定することなど、アクセシビリティを広げるためにすぐにできることはたくさんあります。

いろいろな場所にいる大人が、自分たちが排除しているかもしれないマイノリティの人に対してどんなことができるか、日本の制度や仕組みにどんなふうにアプローチできるのかを話し合い、考えることができれば、多くの生徒の機会が一気に広がり、生徒たちはそれを自分でものにして将来を描いて行くことができます。

そのような大きな連携を、皆で一緒に実現していけたらと思います。


 

ME-netが学校の中からサポートし、Rootsプロジェクトが学校の外の機会につなぎ、そして自身の努力で将来の足がかりをつかんだソルさん。3者のどれが欠けてもソルさんの夢は遠のいていたことを考えると、外国ルーツの高校生が希望の将来を掴むことがいかに難しいかがわかります。

だからこそ、今回のような連携が、学校にとっても外国ルーツの子どもたちにとっても、大きな力になるはずです。団体や立場の枠を超えた連携の広がりが期待されます。

Rootsプロジェクト(外国ルーツの高校生支援)

令和3年度に行われた文部科学省の調査(*2)によると、日本語指導が必要な高校生は全国に約4,800人おり、その人数はこの10年で約2.7倍となっています。外国ルーツの高校生の中退率や非正規就職率は公立高校生全体と比べてとても高く(*2)、日本でキャリアを重ねていくことの困難さを表しています。
カタリバが取り組む「Rootsプロジェクト(外国ルーツの高校生支援)」では、外国ルーツの若者たちが日本社会に当たり前のように仲間として迎えられ、地域社会を一緒につくっていく未来を目指して活動しています。

(*2)文部科学省「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査結果の概要」(令和4年10月)

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Writer

かきの木のりみ 編集者/ライター

東京都出身。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、編集プロダクション3社にて各種紙媒体の編集を担当。風讃社にて育児雑誌「ひよこクラブ」の副編集長を4年間担当後、ベネッセコーポレーションにてWebタイアップや通販サイトなどの企画、制作、運営に携わる。2011年より独立。

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