人口減少下における教育資源不足に新たな一手を。小規模校の未来についてメタバース空間で語る
年々、公立高校数は減少の一途をたどっており、この10年間で243校が統廃合になっています(*1)。また、全国約65%の市町村では高校が0〜1校のみ(*2)。1学年80名以下の “小規模校”化も進んでいて、全国の公立高校のうち約20%が小規模校となっています(*3)。
そのような小規模校では、生徒が集団の中で多様な考え方に増える機会が少ない、一人の先生の負担が重くなりやすいといった課題を抱えています。特に2022年度から全国の高校で必修化された「総合的な探究の時間」では、こういった小規模校の課題が顕在化しています。
カタリバではこのような課題に対し、小規模校同士がオンラインでつながり相互支援することで、生徒一人ひとりの興味関心に合わせて仲間や支援者につながることができる「学校横断型探究プロジェクト」を開始。2020年度は3校だった参加校が、2023年度には18校まで増えています。
今回は、高校教員・管理職・都道府県教育委員会職員などの教育関係者向けに小規模高校の未来について考えるフォーラムを開催しました。学校の枠を超えた“大きな職員室”というコンセプトを体感していただくため、カタリバとしても初の試みである「二次元メタバース Metalife」を活用。この記事では、約100名が参加した同フォーラムの様子をレポートします。
*1 令和3年3月 文部科学省 初等中等教育局 参事官(高等学校担当)付 『高等学校教育の現状について』
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kaikaku/20210315-mxt_kouhou02-1.pdf
*2 令和3年 文部科学省 『学校基本調査』
https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kihon/kekka/k_detail/1419591_00005.htm
*3 令和3年 文部科学省『学校基本調査』初等中等教育機関・専修学校・各種学校《報告書掲載集計》 学校調査・学校通信教育調査(高等学校) 高等学校(通信教育を含む) 全日制・定時制)
https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kihon/kekka/k_detail/1419591_00003.htm
Web調査から見えた、
小規模校独自の“可能性”とは
カタリバでは2023年7〜10月に、全国の小規模校/大規模校2つを対象とした探究活動における調査を実施。高校生約1,200名、教員約100名にWebで回答していただきました。フォーラム冒頭では「学校横断型探究プロジェクト」責任者であるカタリバスタッフ起塚が、このWeb調査の結果を報告しました。
生徒向けの調査では、探究活動にどれくらいの人が協力してくれているかや、探究活動が生徒自身にとってどれくらい重要かといった尺度で調査を実施。その結果、小規模校に比べて大規模校のほうが、探究活動を進めるうえでの様々な資源が豊富に存在することが明らかになりました。
しかしその中でも、「探究活動の支援者が重要である」と感じている生徒や、「大学への進学希望」を持っている生徒は、探究活動に対する回避意識が低くなる傾向にあることがわかりました。
「探究活動の支援者が重要である」と感じている生徒の、探究回避傾向の調査結果
「大学への進学希望」を持っている生徒の、探究回避傾向の調査結果
調査結果を受けて起塚は、次のようにまとめました。
「小規模校は大規模校に比べ、教員や外部支援者などさまざまな関わりを必要としているのではないかと考えています。また、良質な出会いにより探究活動への意識が変化するため、小規模校ではこの点を改善することによって、より大きな変化をもたらす可能性があります。さまざまな手段を活用し、生徒につながる支援者を増やしていくことで、小規模校の価値をさらに高めていけるのではないでしょうか」(起塚)
小規模校の統廃合は絶対ではない。
どの地域でも都市部と変わらない教育を受けられるように
次に高知県香美市教育委員会推進官 濱田久美子さんから、高知県で実施している遠隔授業を紹介していただくとともに、その実践から得られた成果や課題をお話いただきました。
高知県は東西に長く、1990年代から人口の自然減少やそれに伴う経済の縮小、若者の県外流出、少子化の加速といった負のスパイラルが続いています。特に中山間地域の衰退が深刻です。このような課題を受けて2020年、全ての中山間地域の高校で遠隔授業・補習授業を展開できるよう、県教育センターを配信拠点とした体制構築や機器・通信網の整備が始まりました。
「2022年度は14校57名に対して週70時間、のべ23講座を配信しました。2023年度は10校に対して計102時間の遠隔授業を配信するとともに、2教科3科目で複数クラスへの同時配信を実施しました」(濱田)
実際に行っている遠隔授業では、配信側・受信側ともに60インチ以上の電子黒板とモニターや複合機を設置。複数人の生徒が同時に記入したり、教員が追加記入したものが画面に共有されたり、大型モニターには配信型の教員のライブ映像が共有されたりするなど、可能な限り対面での授業と遜色ない環境になるよう工夫しているとのことです。
また、芸術(書道)の授業が設置できていない高校に対して、総合学科の高校から書道の配信を試行。教育支援センターからグループワーク型受験対策補習も行いました。
ほかにも、小規模校ではロールモデルとなる存在が少なく、進路が固定化される傾向にあることから、世界を舞台に活躍する20代後半の青年たちによるキャリア教育講演会も実施。この成果は大きく、2022年度からは高知県内全公立高校で実施するようになったそうです。
濱田さんは「どの高校でも同じシステムで遠隔教育をできる体制を構築できたことが大きな成果」としたうえで、「生徒のニーズに応じた教科・科目の開設や習熟度別指導ができ、生徒からも高い満足度が得られている」とのこと。
見えてきた課題としては、複数校同時の遠隔授業がまだできていないことや、英語の授業での音声タイムラグ、実験・実習を遠隔授業で行うことの難しさなどを挙げていました。
「これらの課題は、デジタル技術のさらなる発展に伴って解決できると思っています。15歳以下の人口減少により高校存続が困難になる地域が全国的にさらに増える予想ですが、小規模校だから統廃合はやむを得ないと考える時代は終わったと思います。遠隔授業などデジタル技術を活用しながら、どの地域にいても都市部と変わらない教育を提供していく必要がありますし、実際にできる時代。遠隔授業の可能性はさらに高まるとともに、重要になっていくと考えます」(濱田)
小規模校には可能性だけでなく
「アドバンテージ」もある
フォーラムの終盤では、文化庁次長 合田哲雄さん、高知県香美市教育委員会推進館 濱田久美子さんをパネリストに迎え、パネルディスカッションが行われました。
冒頭、合田さんから「小規模高校の課題と可能性には普遍性があります。高知県が経験し、ソリューションとして提供していることは、2050年の全ての高校にとってのソリューションとなるのではないか」との意見が出ました。
一方で濱田さんは、「対面か遠隔かのどちらかではなく、どちらもうまく活用すれば、学びの個別化や協働的な学びを日本の全ての高校で実現できる」と話します。
その後、小規模校の課題と可能性について、改めてお二人に意見を伺いました。
「小規模校の生徒は、人間関係が同年代・同質で多様性がなく、‟発言しなくてもわかってもらえる”関係の中にいるので、自分の意見を表明する力がどうしても弱くなりがちです。だからこそ、最初のアンケート調査で示されていた『探究的な学びに対して消極的』『協働的な学びができない』ことにつながっていると思いますし、その点は大きな課題だと考えています。
一方で、人口の少ない地域だからこそ18歳で成人した生徒たちは、大人としての”当事者意識”をずいぶん強く持っています。また、地域にいる多くの大人たちの日常生活や生き方をじっくり見て、一緒に活動しているので、自分がどのように生きていくのかを現実的に考えられています。この点には大きな意味や可能性があると思います」(濱田)
合田さんは、高校を取り巻く法律や政策、1990年以降の生徒数の推移に触れながらこのように話します。
「これからは、一定規模の学校で標準化された資格を有する教員が教えているというサプライサイド・組織中心の発想から、一人ひとりの高校生にとって必要な“プログラム”が展開されているかというデマンドサイド・プログラム中心の発想に転換することが大事。そのため、少子化のなか一人ひとりの違いや差異に意味や価値がある社会構造へと変化するなかで、教育課程はもちろんのこと、教員免許や学校制度の在り方の根本も見直さざるを得ないと思います。また、教育長や校長は、教師としての適性以上に教育のマネジメントを担うマネージャーとしての能力が必要になってくるため、適任者を広く確保するためのプラットフォームや人材バンクが必要であり、実際、そのための仕込みも動いています」(合田)
パネルディスカッション後半のQ&Aタイムでは、こんな質問が。
「オンデマンド動画を溜めておき、生徒が自分のレベルに合わせた動画を自由に選択して見られる時代。その中で、あえてライブで一斉遠隔授業を受けることは、生徒にとってどのような意味があるのでしょうか?」
これに対し濱田さんは、「遠隔授業であっても教員と生徒、生徒同士の対話があって成立するもの。その点においてはリアルな授業と何ら変わらず、そこはオンデマンド動画では補えません」と、経験をもとに返答しました。
合田さんからは、一歩踏み込んだ回答が。
「どんなによく考えられた動画を提供しても、一人ひとりの子どもの学びの扉が開かれていなければ入っていきません。先生方は遠隔であっても、生徒のしぐさや表情をリアルに感じながら『理解していないな』と思ったら、途中で話の筋を変えるなどしながら授業をしていると思います。これがオンデマンド動画とは決定的に違う点。逆に、こういった工夫がなされていない授業ならオンデマンド動画でいいと思われてしまうかもしません。その意味では、先生方の授業力が試される時代になっていると思います」(合田)
最後にお二人から、小規模校の先生方へメッセージをいただきました。
「小規模校であっても諦めることはない時代になっています。小規模校ならではの課題を解決しつつ、地域に根付いた教育をすることが、これからの未来の教育へつながっていくと思うので、子どもたちにも先生方にも諦めないでと伝えたいです。私自身も、小規模校で自分たちがトライしていることが新しい時代を作っていくという気持ちで取り組みを継続していきたいと思っています」(濱田)
「小規模校の実践や戦略は、これから全国の高校が直面する課題を先取りした上で現実感のある解や様々な要素を複合的に組み合わせることによって生み出していて、そのこと自体にアドバンテージを感じました。また、先ほど小規模校の生徒は人間関係が狭いと指摘されていましたが、大人数の学校でも一部の首都圏・大都市圏の私立中高一貫校のように同じような環境で育った同じような学力の同性という著しく同質性の高い環境と比較して、本当に『狭い』のでしょうか。小規模とはいえ多様な背景や特性、関心を持つ他者との関係性の中で育つこと、さらにデジタルも活かしてそれを拡張していくことにより得られる体験は将来の社会生活における意思決定や判断の質を高める上でプラスだと思います。そういう意味でも小規模校において様々な挑戦をし、自分自身の特性や関心に応じた学びを得ているのであれば、学校や学級の規模を越えた意義があるのではないかと思います」(合田)
今回のフォーラムでは、小規模校には大きな可能性が秘められているのだと気づかされました。私たちは、インターネットという武器を手に入れ、リソースや知恵をシェアできるようになった。だからこそ、小規模校ではインターネットで得られるリソースを活用しながら目の前の課題に向き合うと同時に、そこで得た学びや知恵をぜひシェアしていければ……そんな新しい形を模索しあえる場を、カタリバでは作り続けていきたいと思います。
北森 悦 ライター
2015年からインタビューライターとしての活動を始め、これまでに500名以上のインタビュー記事に携わってきた。現在はライターチームを束ね、Webメディアのインタビュー記事や、企業・団体のテキストコンテンツ制作など、聴くこと・書くことを軸に幅広く活動している。カタリバ内では、カタリバマガジンのインタビュー記事を担当。
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