行政の子ども支援をICT活用で最大化。自治体連携から見えた「キッカケプログラム」の可能性
カタリバでは、家庭環境や育つ地域による教育格差を埋めるオンライン支援プログラム「キッカケプログラム」を2020年より開始し、2022年12月からは愛媛県と連携して、県内2市で困難を抱える子どもや家庭に学びの機会を提供しています。
本活動レポートでは、自治体連携から見えた「キッカケプログラム」の成果と課題、そして今後の展望についてお伝えします。
地理的条件に左右されない
「オンライン学習支援」
2023年3月の中教審「次期教育振興基本計画」の答申では、子どもたちの抱える困難が多様化・複雑化しており、一人ひとりのニーズに応じた学びの機会を提供する必要性があることが言及されました。
また、離島・中山間地域等の地理的条件にかかわらず、全国どこでも子どもたちが充実した教育を受けられるようにすることが重要であることにも言及されており、同時にそれらを実現する手段として、ICTの活用が挙げられています。
コロナ禍の2020年に開始した「キッカケプログラム」では、経済的事情を抱えた子どもに、パソコンとWi-Fiを無償で貸与しオンラインでの居場所づくりや学びの動機づけ・機会提供をしてきました。子どもに対しては週1回、国内だけでなく海外在住者も含めた主に大学生〜若手社会人層の子どもメンターが面談を実施します。
また、一人ひとりの興味関心や学びの意欲に合わせたオンライン教材などによる学習支援を行っています。保護者に対しては、子育て経験のあるペアレントメンターが月1回の面談を行い、必要に応じてカウンセラーや自治体窓口など専門機関と連携し、伴走支援をしています。
全ての支援をオンラインで行っているため、子どもたちが暮らす地域特性や地理的条件に左右されることなく支援を受けられることが特徴です。その一方で、「困難を抱える家庭からの直接応募」という従来の募集形態だけでは、より困難な状況にある子どもや家庭とつながれていないことに課題意識がありました。
その課題を解消する一つの方法として、新たに取り組み始めたのが自治体との連携です。今回協働を開始した愛媛県内の相対的貧困率は17.5%で全国13位。経済的困難を抱える子どもは約2,300人いるとされています。また県内市町の85%が過疎地域で、教育施設までのアクセスが悪いなどの理由から、学びの格差がさらに深刻化している傾向にありました。
愛媛県内の課題をDXで解決するプロジェクト「トライアングル愛媛」にキッカケプログラムが採択され、2022年12月から宇和島市(愛媛県南部)・新居浜市(愛媛県東部)との協働がスタートしました。
保護者への支援はあるが、
子どもへの支援が行き届いてない
協働をスタートするにあたりまず注力したことは、両市の抱える課題の特定。現地訪問も行いながら、各自治体の福祉担当者や教育担当者、相談員、スクールソーシャルワーカーなど、困難を抱える子どもと関わりのある担当者と面談を重ねました。
そうして経済的困難を抱える子どもや家庭に関わる部署が抱えている課題や、各部署がどのような子どもや保護者と接点を持てているのか、各市の支援体制の現状を把握しました。
キッカケプログラム担当職員である中島典子は、両市で次のような課題が見えてきたと言います。
中島:「宇和島市では、経済的困難などの課題を抱える家庭を把握している福祉課と、子どもの課題を把握している教育委員会が、組織構造上情報を共有しきれていない状況が浮かび上がってきました。
この点については宇和島市のデジタル推進室を主体に、教育部門や福祉部門といったさまざまな立場から子ども支援に関わっている自治体関係者とカタリバスタッフが同席する会議体を設定いただき情報や悩みの共有を行う場が設けられることとなりました。
また、定期的な家庭訪問で保護者の相談に乗る体制はある一方で、子どもにまでは十分に支援を届けられていない課題感も伺いました。
一方の新居浜市では、福祉課と教育委員会の情報連携の体制は確立されており、スクールソーシャルワーカーが何らかの困難を抱える子どもたちを把握して定期訪問を行い、月1回、保護者と自治体担当者、専門家を交えて支援方針を立てる会議も行われていました。
しかし、地域のマンパワーだけでは子ども一人ひとりに必要な学びの支援まで行き届いていないという状況がありました。
両市それぞれで課題は異なりましたが、共通していたのは、保護者向けの支援が中心で子どもへの支援まで手が届いていないことでした。」
子ども支援における構造上の課題について、キッカケプログラムチームが2市への課題ヒアリングから取りまとめた資料より
オフライン支援を補完し、
より効率的な支援を
そこで両市とも、支援が必要な子どもや保護者に関わる担当者から、キッカケプログラムへの参加を個別に促していただくことに。そうして参加した子どもたちとは、メンターとの週1回の面談で、定期的な接点を持てる体制を構築。
ご家庭の許可をいただけた場合は、面談で得た情報を自治体と共有することで家庭全体の実態を捉えながら、それぞれの子ども・保護者に合わせた支援ができるようになりました。
また、困難を抱える子どもの中には発達特性がある子どももおり、地域のなかの限られたリソースだけでは対応が困難な場合もあります。そのような子どもに対して、キッカケプログラムのオンライン学習支援を通じて個別最適な学びを届けることができるようになった事例もあります。
その他にも、イラストが好きだからPCでイラストを書いてみたいという興味をきっかけに、キッカケプログラムにつながった子どもたちもいます。
中島:「両市の課題でも挙げましたが、子どもへの直接的な支援を地域内のリソースだけではまかないきれていない実情がありました。
例えば家庭訪問しても、その時間に子どもが自宅にいなければ、子どもの様子を把握し適切な支援につなげることは困難です。改めて訪問しようとしても、特に過疎地域では担当者の往復に多くの時間がかかってしまうこともあり、頻繁な訪問は難しいのが現状です。
そこに新たなリソースとしてキッカケプログラムを加えたというのが、今回の試みです。特に週1回のオンライン面談で、子どもと定期的に接点を持って様子を把握できることは大きい。
オンライン/オフラインを掛け合わせることで、これまでよりも頻繁に家庭との接点を持つことができるため、より効果的な支援につなげられていると感じています。
自治体の関係者からも「これまでは子どもとの関係づくりや支援に難しさがあったので、カタリバとの協働が、その点の解消につながることを期待している」「『集団生活の場での個別対応には限界があるが、キッカケプログラムはその子のペースで学習を進められるのでありがたい』というコメントを学校からいただいた」などの声が上がっています。」
キッカケプログラム担当職員 中島典子:1991年生まれ、京都育ち。バレーボールに打ち込む小~大学時代を送る。創価大学を卒業後、新卒でメガバンクに入行し、融資やM&Aなどを担当。育休期間を活用してNPOや企業でのボランティア活動に参加したことを機に、転職を決意。ITベンチャーへの転職を経て、2021年1月にカタリバに入職。
アウトリーチの強化、
先生との協力体制が課題
成果が出てきた一方、課題も見えてきました。1つは、経済的困難を抱えている子どもや保護者をキッカケプログラムにつなげようとしても「保護自身が支援の必要性を感じていない」、「オンラインプログラムで何ができるのかイメージが沸かない」などの理由からプログラム参加にまでなかなか至らないこと。
この点に関して中島は「よりアウトリーチ(※)していくには、仕組みの強化が必要。現在はスクールソーシャルワーカーなど自治体で支援を担っている方々が各家庭にアウトリーチしていますが、私たちもオンラインで同席してキッカケプログラムについて説明をするなど新たな方法を開発中です」と語ります。
(※)課題を抱える子どもの家庭や学校などを訪問し、必要な情報や支援を届けること
中島:「現在、新居浜市で行われている支援会議に、カタリバもオンラインで参加し、保護者に対するキッカケプログラムの説明をさせていただく試みを始めました。
他には家庭訪問の際、キッカケプログラムの子どもメンターがオンラインで子どもと直接話して誘い出すことも検討中です。キッカケプログラムでの支援のイメージが湧きやすいように作成した動画を、家庭訪問時に見てもらったことで申込につながった事例も出てきています。」
もう一つの課題は、学校の先生方との協力体制をどのように構築していくか。
中島は、「先生方にキッカケプログラムでできる支援の理解を深めていただきプログラム自体に信頼を持っていただくこと、そして少し気になった子どもがいた場合に先生が気軽に相談できる相談経路を自治体の皆さんと整理することにも取り組んでいきたい」と語ります。
「地域の中での自立」を目指して
新たな課題が浮かび上がっているものの、宇和島市と新居浜市での取り組みを通じてオンライン/オフラインを掛け合わせることで、子どもや家庭に対する個別最適な支援が可能になることが見えてきています。
子どもや家庭にとって、地域特性や地理的条件によって学びの機会が制限されることは少なくありません。
例えば送り迎えの難しさが要因となり、地域にある子ども食堂や無料塾、図書館などオフラインで提供される場の利用を断念せざるを得ない家庭もあります。しかしオンライン支援を活用すれば、そういった問題を解消し、学びの機会を補完することができます。
カタリバでは今後も自治体での支援を担っている方々と共に、オンライン/オフラインを組み合わせたハイブリッドな方法で支援につながる子どもや家庭を増やし、包括的な支援を行っていきます。そして多様な学びの機会の中でチャレンジを積み重ねた子どもたちが、将来的には地元にあるリソースに自ら参加するなど、地域の中での自立を促していきたいと考えています。
北森 悦 ライター
2015年からインタビューライターとしての活動を始め、これまでに500名以上のインタビュー記事に携わってきた。現在はライターチームを束ね、Webメディアのインタビュー記事や、企業・団体のテキストコンテンツ制作など、聴くこと・書くことを軸に幅広く活動している。カタリバ内では、カタリバマガジンのインタビュー記事を担当。
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