どんな環境にいる子どもたちにも届けたい、オンラインの居場所サービス「カタリバオンライン」
カタリバオンラインの始まり
全世界に感染が拡大し、感染者・死亡者の増加が国内外ともに続いている新型コロナウィルス感染症。いまだ予断を許さない状況の中、カタリバは新サービス『カタリバオンライン』を3月4日にスタートさせた。一斉休校の要請で、毎日あたり前のように行く場所をなくした全国の子どもたちの新しい居場所をオンライン上につくり、届けるためだ。
2020年2月27日(木)夕刻、安倍首相から小中高の全国一斉休校の要請が発表された。全国の学校・教育関係者はその対応に追われ、保護者は先行きの見えない不安に襲われたことだろう。過去に例がないという全国一斉の臨時休校通知を受け、同日夜、カタリバの社内コミュニケーションツールでも即座に対応の検討を始めた。検討の中心にいるのは、平時から子どもたちへの支援体制を整え、有事の際には自治体や企業と連携してスピーディな支援を実現しようと2019年8月に設立した災害時子ども支援アライアンスsonaeruのメンバーだ。
2月末に準備を進めるスタッフの様子
カタリバのスタッフは早速、小中高生をもつ保護者へのニーズ調査を行った。学校が休みになることで一番困ることをヒアリングすると、多くの保護者から「生活リズムが乱れること」「家族だけで過ごす時間が長くなりすぎることで起きそうな家庭不和が不安」との回答を得た。ほかにも、スマホやゲームへの依存、学習の遅れなど、親の不安は尽きない。
このヒアリング結果を受け、カタリバの強みを活かしながら実現可能な子どもや保護者への支援を検討。こんな時だからこそ、子どもたちがいろいろな経験をして、様々な分野の大人とつながる機会にならないだろうか。保護者がもつ不安や悩みを専門家に直接相談できるシステムをつくれないか。プログラムには参加しなくてもただおしゃべりしたい子が安心して居られる空間をオンラインでつくれないだろうかー。子どもたちの日常を支える中で得てきた知見から生まれる様々なアイディアが飛び交い、検討されていった。
アイディアが固まるか固まらないかのうちに、ハード面の整備にも着手。オンラインで大人数をつなぐとなると簡単に落ちないネット環境やオンライン会議のシステムが必要だ。カタリバのシステム担当スタッフが拠点となる高円寺事務所のネット環境を整備し、配信システムにはzoomを選定した。カタリバの各拠点から新事業のためのスタッフが数名集まり、運営チームも組成した。この運営メンバーを中心に、細部を詰めていく。各拠点からスタッフを集めたことで、それぞれの拠点で積み上げられてきたノウハウの交流が必然的に生まれ、統合、次々に実現されていった。
カタリバオンラインと名付けられたこの新しいサービスを担当する戸田は、このときの様子をこのように語る。
カタリバオンラインスタッフ 戸田 寛明 1991年生まれ。大学卒業後、アニメーション映画の制作に従事。スタジオジブリの「思い出のマーニー」などの作品に演出助手として参加したのち、2018年NPOカタリバに転職。「災害時子ども支援アライアンスsonaeru」のスタッフとして初めて民間パートナーと共に令和元年台風19号の被災による長野県の支援を担当。新型コロナウィルスによる全国一斉休校を機に立ち上げた「カタリバオンライン」も担当する。
戸田:「一斉休校の要請が発令されてから今まで、まるで嵐のように怒涛の日々でした。こういうときのスピード感はまさにNPOならでは。週明け3月2日からの生活が一変する小中高校生を抱えた保護者が全国にいる。これまでのsonaeru事業は地震や台風などの被害を受けた地域が支援対象でしたが、今回は被災地が全国。どんな環境にいる子どもたちもアクセスできるようなフラットで安心なサービスをつくっていかなければという使命感と、今回の事態を機に、カタリバや子どもたちの学びの環境が新たな次元に突入するような感覚もありました。カタリバのスタッフにとどまらず、様々な人たちが呼びかけに答えてくれ、それぞれが自分の得意なところを担当し、パズルのピースがどんどんはまっていくように創られていきました」
準備期間、わずか4日。政府の一斉休校要請発表後の週明け、3月2日(月)にはカタリバオンラインのWebサイト(https://katariba.online/)がオープン。内容は当時まだ2割、3割。それでも走りながら考え続け、協力者も日を追うごとに増えていった。「とにかく子どもと保護者の力になりたい」という想いを柱に、突貫工事でつくりあげたオンラインのサービスが4日(水)からスタートした。
多様な大人が力を
発揮してつくる
新しい居場所
カタリバオンラインには様々な役割をもった大人が関わる。「キャスト」「師匠」「専門家」。休校中の子どもたちに何かできれば、という思いでSNSなどでの呼びかけで次々に集まったボランティアの方たちだ。キャストと呼ばれるのは、オンライン上での会話をファシリテートしたり、子どもたちと対話したりする役割を持つ。師匠は、それぞれの得意なことや専門性を活かし、子どもたちに向けた講座やワークショップを届ける人たち。そしてさらに臨床心理士やスクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラーなど心理職の専門家が保護者の悩み相談や不安に答えられるような仕組みもつくった。このような役割を持った大人たちが、常にオンライン上で子どもたちを見守りながら、多様なプログラムを届けている。
かくいう筆者も、カタリバのスタッフでありつつも、未就学児2人を育てている保護者として、早速カタリバオンラインに会員登録をした。会員登録をすると、親子説明会やキャスト説明会に参加することができる。1時間ほどの説明会の中で、プログラム内容はもちろん、会話に使用するオンライン会議ツールzoomの使い方にも親子で一緒に慣れていくことができる。説明会をファシリテートするカタリバのスタッフは、普段から中高生の居場所づくりを行っている経験から、緊張感のある空気を徐々に和ませていく。
なるほど、オンラインでの場づくりにも、リアルな場での『場づくり力』が活かされるのだ。
zoom上で行うオンラインでの親子説明会、緊張も徐々にほぐれていく
説明会に参加後は、いよいよカタリバオンラインの多様なコンテンツを利用できる。会員専用ページに入ると、みんなが集う『リビングルーム』、世界とつながる『グローバルルーム』、ヨガやダンスなど体を動かせる『パークルーム』、芸術に触れる『アトリエルーム』などプログラムの内容によって様々な部屋が用意されている。自分の興味あるプログラムに好きな時間に参加できる。
「休校によって遅れた学習を取り戻したい」「せっかくだから苦手な教科に取り組みたい」など、学習に対する要望も出てきたことから、3月17日からは『スタディルーム』も新設された。19日からはAI型タブレット教材Qubenaを使った学習もスタート。休校中に出た宿題に取り組む宿題消化学院というプログラムも人気だ。保育士Youtuberによる未就学児向けのプログラムやフィリピンの先生と楽しく英語を学ぶWAKU WORK English time、消防団に所属する中学生による防災プログラムなど、関わる人たちの主体性で次々に多彩なプログラムが展開されている。
参加している子どもの発案で「音楽会をやろう」という企画も生まれた。
音楽のコンテンツをオンライン配信する「師匠」
カタリバオンラインの最大の特徴は、朝9時半からと夕方4時から設けられている30分間の『サークルタイム』だ。土日を含め、毎日みんなでリビングルームに集まり、今日という日の過ごし方を子どもたち自身が決め、キャストに宣言する。学校でいう、ホームルームのような時間だ。学校からの宿題に取り組む日にしても良し、読みたかった本を読むも良し、料理に挑戦するも良し。各部屋で師匠が開催するプログラムに参加しても良い。
このサークルタイムでその日の過ごし方を子どもたち自身が宣言し、どうだったかを報告しあうことがこの長い休校期間にメリハリが生まれる秘訣だと戸田は言う。
戸田:「毎日いろいろな子どもたちがプログラムに参加しています。登録も500名を突破し、そのうちの30〜50名くらいが入れ替わりで入室しています。様子を見ていて思うのは、やはりサークルタイムで朝決まった時間に入室し、『おはよう~』と顔を合わせる時間の重要性ですね。一斉休校が発表されて突然学校に行くという日課がなくなった子どもたちが、生活のリズムを崩すことなく朝起きて準備して、9時半には画面の前に座る。家族以外の誰かと会う、日々新しい出会いもある、そんな『新たな日常』があるだけで、子どもはもちろん見守る保護者の安心にもつながるのではないかと思います」
保護者と一緒に参加する子もいる
戸田:「保護者の方からは『カタリバオンラインに参加し始めてから時間の切り替えができるようになり、一日中ずっとゲームをする、ということがなくなりました』といった声や、『宿題を自ら進んでやるようになった、学習時間が伸びた』という声も頂きました。今まで学校に通っていた子だけではなく、何らかの理由があって学校に行きづらくてなんとなく時間を過ごしていた子どもたちにとっても利害関係なく参加でき、時間の使い方も有意義になる、そんな場所になっているといいなと思います」
「はじめまして」から始まったとしても、そのプログラムが終わるころには、「また会えたらいいね」と温かい空気になり、リピーターも増えているという。「学校では言いづらかった自分のやりたいこともここでなら言える」という感想を持った子もいる。
今まで通りの生活をしていたら出会うことのなかったはずの子どもと大人が出会い、つながり、刺激を得て、また自分の糧にしていく。実際にこのサービスを運営してみて、カタリバのスタッフはオンライン上でも『ナナメの関係』による動機付けや『子どもたちのやる気に火を灯す』ことが可能なのだと実感している。
みんなの保健室で
保護者のサポートも
子どもたちがオンラインでのコミュニケーションに柔軟に適応していく一方、それを見守る保護者はどのように受け止めているのだろうか。
オンラインで知らない人とつながることへの不安や子どもとの接し方、スマホやタブレットなどとの付き合い方など、急な生活の変化に対して考えることは多いはずだ。サービス開始から毎日のように利用している小学6年生の保護者は、カタリバからの取材にこのように答えている。
保護者:「娘は、今までオンラインで第三者とつながったことはなく、今回が初めての経験でした。何となく不安だったり、怖いなと思う親御さんもたくさんいらっしゃると思います。わたし自身もその一人でした。でもカタリバオンラインは一日の過ごし方が自由で、さまざまなプログラムがあるからこそ、オンラインゲームなどとは違って1つのことに固執しない良さがありますし、どの部屋でも運営の大人たちが見てくれているのも安心材料だなと思います。知らない人とつながることについては、あまり心配しておらず、むしろ、ここに参加することで、『インターネットを介してつながるってどういうことだろう?』を考える機会になると思うんです。マナーやルールも含め、リアルな場ではないからこそ気を付けるべきことを学ぶ体験にもなるでしょうし。今後、オンラインでのつながりは、切っても切れない社会になるでしょうから、学校では学べない『生きていくうえで必要な力』になると思います」
画面越しに子どもたちに声をかけ活動を見守る運営スタッフ
カタリバオンラインでは、休校についての不安や子どもとの関わりに難しさを感じている保護者をオンラインでサポートするための工夫も行ってきたと言う。
戸田:「カタリバオンラインを立ち上げる時に保護者の方の不安の声の中に家庭の不和、というものが上がりました。いつもだったら適度な距離感を保っていられても、やはり一日中一緒に過ごす時間が毎日・・となると何かしらのトラブルが起きる可能性はあがるはず。そんな保護者の方のサポートを行うため“みんなの保健室”という保護者の方向けの支援も始めました」
みんなの保健室では、学校の保健室から配られるような保健室だよりの配信や、複数の専門家のアドバイスをもらえる相談窓口の開設、子どものこころや体・家庭内のコミュニケーション方法など、保護者の皆さんに役立ててほしい情報やアイディアを共有している。保護者にゆとりが生まれると、子どもたちの心の安定にもつながると言う。
他にも、経済的理由によりネットにつなぐ環境が用意できない家庭のために端末やWi-Fiを貸し出す仕組み『カタリバオンライン・キッカケプログラム』や、webサイトの表示を英語にしたり簡易的な中国語やイタリア語の説明ページを作成したりするなど、どんな環境の子どもたちも使えるようなサービスへの進化にも日々挑戦している。
サービス開始からまもなく1ヶ月。今後の方向性についてはどのように考えているのだろうか。
戸田:「新型コロナウィルスの流行が今後どうなるかまだ先行き不透明なところはありますし長期化しそうですが、いずれ学校は再開し、平日のカタリバオンラインの利用者は減っていくかもしれません。しかし、今回ぐっと進化したこのサービスを必要としている子どもたちは日本各地にいるはずです。何らかの理由があって学校に行っていない子たちや生まれた環境によって受けられる教育の幅が制限されている子どもたちにとって、このカタリバオンラインが未来を切り開くきっかけになるといいなと思います。ここでつながっていることが、子どもたちの安心や挑戦のインフラになるような」
日本だけでなく、イタリア・ハワイ・モンゴルなど利用者は世界に広がる
戸田:「そのためにも、負担なくネットにつなげられるような環境などのハード面の整備や保護者の方の理解など、これから解決していかなければならない課題もあります。それらにひとつひとつ対応して、少しでも子どもたちの学びの環境がよくなり、あの休校期間があったから今これだけ充実した学びの機会を得られているよね、と振り返られるような、そんなサービスにしていけたらと思っています」
これまではカタリバの拠点がある地域やパートナーがいる地域という限定された範囲での活動が主だったが、ここへきて、実に多様で様々な環境にいる子どもたちにきっかけを届けられる機会が広がった。
リアルの場とオンラインが持つ強みをかけ合わせたときに生まれる可能性を模索しながら、このサービスがどのように進化していくか、子どもたちに届けられる未来に期待したい。
長濱 彩 パートナー
神奈川県横浜市出身。横浜国立大学卒業後、JICA青年海外協力隊でベナン共和国に赴任。理数科教師として2年間活動。帰国後、2014年4月カタリバに就職。岩手県大槌町のコラボ・スクール、島根県雲南市のおんせんキャンパスでの勤務を経て、沖縄県那覇市へ移住。元カタリバmagazine編集担当。現在はパートナーとしてオンラインによる保護者支援や不登校支援の開発を担う。
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