外国ルーツの高校生たちに「対話とナナメの関係」を
支援が手薄な外国ルーツの高校生たち
2019年9月、カタリバは、年々増加している外国ルーツの高校生のキャリア支援や学習支援を行うサービスを開始した。この事業のパートナーは、2009年より外国ルーツの高校生の中退予防やキャリア支援に取り組んできた一般社団法人kuriya(代表理事:海老原周子 以下、kuriya)。サービス開始から約半年、外国ルーツの高校生たちに対する支援を、協働で展開し始めている。
そもそも、なぜこのサービスの対象は「外国ルーツの高校生」にフォーカスされているのだろうか。平成30年度文部科学省の調査によると、国内で日本語指導が必要な児童生徒数は、在留外国人数や外国ルーツの児童生徒数の増加傾向に伴い、50,759人。その内、日本語教育が必要な高校生は4,172人(外国籍3,677人・日本国籍495人)であり、この10年間で約2.7倍に増加している。しかしこのような状況にも関わらず小中学校生に対するものと比べて、高校生に対する日本語指導やキャリア支援といった対策は手薄な状況にあるのが実情だ。
また同調査によれば、日本語教育が必要な公立高校生のうち9.6%が中退。同年の全高校生と比較すると7倍以上の割合となっている。また無事高校を卒業したとして、その後の進路にも厳しいものがある。全高校生の70%以上が進学するのに対し、外国ルーツの高校生は42.2%と低い。就職した場合でも、パートタイマーやアルバイトなどの非正規雇用の割合は40.0%で、全高校生と比較すると約10倍。さらには進学も就職もしていない生徒は18.2%、全高校生の約2.7倍にも及ぶ。外国ルーツの子どもたちの高い中退率・低い進学率は非正規雇用や無職・ニートにつながり、貧困や生きづらさの問題とも切り離せないものとなっているのではないだろうか。
そんな現状を踏まえ、困難さを抱えた子どもたちの支援事業を担当する加賀はこう話す。
加賀:「カタリバが従来行ってきた事業の中でも、外国ルーツの子どもたちの困難さを目にすることが年々多くなっていました。子どもたちが軽々しく人種的特徴に触れることを言っている場面に出くわすことも。そんな時にどう対応するのがいいのかという悩みも、ここ1年くらいで高まっていました」
アダチベース責任者 加賀 大資 東京都の私立中高一貫校にて英語の教員として働いた後、オーストラリアへ英語教授法TESOLを学びに留学。帰国後、東日本大震災により甚大な被害を受けた岩手県大槌町にコラボ・スクール大槌臨学舎を立ち上げるため、カタリバへ転職。立ち上げから2016年までの4年間運営し、現在は東京都足立区にて貧困、孤独、発達の課題など様々な困難を抱える子どもたち向けの居場所兼学習支援拠点、アダチベースを立ち上げ、運営する。
加賀:「外国ルーツの子どもたちの困難や悩みを理解した上で、包括的なアプローチをするには、彼らへの対応に経験と専門性を持ったkuriyaのような団体と協働するのが良いと考えました」
カタリバとkuriyaの専門性、得意分野を活かせばシナジーが生まれていくと考えたそうだが、具体的に外国ルーツの高校生支援の中で、どうかけ合わせているのだろうか。
外国ルーツの高校生たちに必要な
「対話」と「ナナメの関係」
加賀:「カタリバがずっと提供してきた『対話』と『ナナメの関係』のノウハウは、外国ルーツの高校生たちの日常に不足していて、ぜひ提供していきたいものです。外国ルーツの子どもたちは、まわりに知り合いや縁者がいなかったり、言葉が通じずに孤独を感じているケースも多い。中退率が高く進学率が低い数値になっている背景には、言語の壁や経済的要因、彼らが目標にできるロールモデルが少ないことも要因になっています」
加賀は、現在何らかの困難さを感じている外国ルーツの高校生たちが、同じような悩みを体験してきた少し年上の先輩たちの話を聞ける場の必要性を痛感したそう。そこで、外国ルーツの高校生を対象とした「多文化カタリ場プログラム(仮)」を実施することにした。
2020年2月、東京都内の定時制高校に赴き、初めてこのプログラムを実施した。対象は高校1年生、2年生の37人。その様子をkuriya代表の海老原周子さんはこう語った。
kuriya代表理事 海老原 周子 慶應義塾大学卒業後、(独)国際交流基金・国連(IOM国際移住機関)で勤務。2009年に外国籍の中高生と地域とをつなぐ多文化理解ワークショップを立ち上げた事をきっかけに、2016年一般社団法人kuriyaを設立。外国籍等の高校生のキャリア育成に着手し、定時制高校での放課後の居場所づくりを通じて、中退防止やキャリア支援に取り組んできた。また、多文化理解教育として、映像や写真を通じた外国籍等の子どもや高校生の表現活動も行なう。東京を中心に、これまで100回のワークショップを実施。2019年9月からカタリバのパートナーとして外国ルーツの高校生支援事業を担う。
海老原:「参加した高校生は、ネパール、フィリピン、中国などにルーツを持つ子どもたち。それぞれが、日本語の不自由さや、異国での生きづらさの悩みを抱えていました。彼らに対して、外国ルーツの大学生であるカタリバのインターンやkuriyaの高校生インターンをしている3年生の先輩が、多言語で自分の経験を語りました。高校受験に2回失敗したこと、言動の違いからいじめられたこと、差別を受けて悲しかったことなど、どの話も自分たちの抱える悩みに通じるものだったと思います」
先輩たちが、どうやって日本語を勉強してきたのか、どうやっていじめを乗り越えてきたかを知った参加高校生たちからは、「負けちゃいけないんだ」「つらいのは自分だけじゃないから、頑張ろうと思った」という声が聞かれたそうだ。
海老原:「今回の『多文化カタリ場プログラム』の企画にあたり、私自身、カタリバが20年間磨き積み上げてきた『カタリ場プログラム』のつくりかたを学びました。高校生のロールモデルとなる『先輩』への研修や、自らの話を伝えるためのトレーニングなど、こんなにも準備に費やしているのだと驚きました。だからこそ、ここまで高校生たちに影響を与えるプログラムを提供できているんだと実感したんです。『対話』や『ナナメの関係』といったカタリバがもつ素晴らしいノウハウを、いかにして『多文化カタリ場プログラム』に反映するかを考えました」
これまでの人生を振り返り、アウトプットすることも重要なステップ
今までは一から考えなくてはならなかったプログラムづくりだが、カタリバと協働することで、より洗練され充実した内容を届けられたのではないか?と振り返る。
この「多文化カタリ場」で先輩として語った、カタリバでインターンをする学生の一人は、海老原さんがkuriyaで伴走してきた外国ルーツの大学生だ。中学生の時に来日し、定時制高校から大学進学を希望したが、彼女の家庭には進学費用を出すには、経済的に厳しい状況にあった。そもそもどこの大学が自分にふさわしいかを相談する先も、まわりにお手本となる先輩もいなかった。様々な壁に阻まれた彼女は、受験を諦めようとしたという。
そこで海老原さんが、教育ローンや奨学金制度の情報集め、また細かい手続きや大学側との事務的な交渉のサポートを行った。高校生、しかも言語の壁がある子が、ひとりで進学に向けた準備をすることは不可能に近いと感じたそうだ。海老原さんのサポートもあって大学に進学できた彼女は、将来通訳か航空業界に携わる仕事に就くことを目標に勉強中だ。
2009年より10年間、外国ルーツの子どもたちの支援に携わっている海老原さんが実感しているのは、彼らの圧倒的な「情報とつながり」の不足だと言う。経済力や日本語力が乏しく、まわりに自分を支えてくれるコミュニティーもほとんどないので、自分に有益な情報のある場所にたどりつくことが難しい。「情報」と一口に言っても多岐にわたる。進路選択や入試対策といったような情報提供のみならず、書類や申請書手続きに加え、外国ルーツの子どもたちには個別に、在留資格の切り替えや確認など伴走しながらののサポートが必要となってくる。
海老原:「カタリバとの支援では、kuriyaがこれまで行ってきた進路サポートの経験をもとにプログラム化しました。今回実施したような、高校1、2年生を対象とした『多文化カタリ場プログラム』と、高校3年生を対象として個別進路実現支援の2本立てで行っていきます。高校1、2年生の段階でロールモデルを見せることによって『自分たちにもできることがあるんだ』『そんなことが強みになるんだ』と気づかせて、自信を育みたい。『君たちは頑張っているんだよ』と伝えたいですね。そして高校3年生になったら個別メンタリングプログラムで伴走し、具体的な情報提供やスキル育成に取り組んでいきます」
そんな高校3年間を通じた包括的な支援を行っていくためには、学校との連携が必要だと感じているという。外国ルーツの高校生に点ではなく線で関われるよう、対象者の通う定時制高校などと提携してプログラムを提供していく方法を、今後検討していきたいそうだ。
向き合い方から見える今後の課題
こうしてカタリバとkuriyaの協働による、外国ルーツの高校生支援は始まっている。確かにカタリバの持っている「対話」や「ナナメの関係」作りのノウハウは、今回の外国ルーツの高校生支援で活かせるものだ。しかし、これまで提供してきたカタリ場プログラムは、日本ルーツの高校生を対象のメインとして作りこんできたプログラムではあった。それに対して海老原さんは、こんな発見があったという。
海老原:「日本ルーツの高校生と、外国ルーツの子どもたちとの間で、抱えている悩みや困難に共通する部分もあれば、異なる部分もあります。kuriyaは外国ルーツの子どもたちを主対象としてきたので、これまで当たり前のように行なって来た多文化対応や多様性への配慮を、『多文化カタリ場』プログラムとして実施する事で、何に留意するべきか言語化する必要がありました。これからも引き続き検討していく余地がありそうです」
とは言え、多様性に向き合い支援活動を続けてきた海老原さんは、カタリバとの協働にあたり信頼感と手応えを感じているそうだ。
海老原:「カタリバの強みは、多岐に渡る高校生に支援を提供していること。私立に通う高校生から、経済的に厳しい環境にある子、そして地方など、本当に幅広い層に対して事業を実施しています。ルーツや国籍、文化だけではなく、子どもたちは様々な違いに囲まれています。経済格差とか、生まれた地域格差とか、特性の違いとか、そういった多様な子どもたちの『スペシャルニーズ』に向き合い、ハンディキャップをなくそうとカタリバは取り組んでいます。2030年のSDGsは『誰もが取り残されない社会』を目指していますが、まさに誰もが取り残されない教育を提供できる存在なのではないでしょうか」
一方で加賀は今回の事業開始にあたり、カタリバという組織の「多様性」への取り組み方を問う、考える、良い機会になったとも感じている。
加賀:「確かにカタリバは、貧困や災害など様々な状況にある子どもたちと関わってきました。けれども、外国ルーツの子どもたちの抱えている困難や社会との分断は計り知れない。彼らの立場や気持ちを想像する能力が、さらに求められます。『多様性』という言葉はキレイごとではない。外国ルーツのボランティアや高校生の発言や反応ひとつひとつから、今まで自分たちが狭い範囲で当たり前だと思っていたものは、当たり前ではないと気付かされます。『多文化共生』とは、色々なルーツを持つ子どもたちひとりひとりの言葉や行動の違いを認めることだと、支援側の自分も実感しています」
今後、日本社会はますます「多様性」を認め合う社会に変化していく必要がある。そんな社会全体の変革期において、今回の取り組みは、単に一事業が加わったということではなく、「多様性」を組織としてどう咀嚼し事業に活かしていくかを考えるターニングポイントになるのではないだろうか。
外国ルーツの高校生たちが、安心できる環境の中で自信をもち、むしろグローバル人材として活躍していけるような未来を創り出す挑戦に乗り出した、加賀の言葉から、そう感じられた。
上村 彰子 ライター
東京都出身。2006年よりフリーランスでライター・翻訳業。人物インタビューや企業マーケティング・コピーライティング、音楽・映画関連の翻訳業務に携わる。現在、カタリバ発行のメルマガや各種コンテンツライティングを担当。
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