未来の学校「N高」とコラボ。高校生のマイプロジェクトを遠隔でサポートするために
いま、大きな改革の前に立たされている日本の教育。
たとえば、教育の基準ともいえる学習指導要領の10年ぶりの改定によって小学校における「プログラミング教育」の必修化、さらには中学年からの「外国語教育」の導入、さらには「大学入学統一テスト」のスタートなど、さまざまな局面で変化を迎えようとしている。
では、なぜいま改革が求められているのか。
それは、従来の「何を学ぶか」から「(知識を活かして)何ができるようになるのか」に重点が移ってきているからに他ならない。
テクノロジーの進化は、わたしたちの生活にさまざまな変化をもたらした。身の周りに便利なツールはたくさん増え、誰でも情報収集・情報発信ができるようになり、いままではいなかった新たなアイコンが次々に誕生。学歴や勤め先といった社会的地位が重視される時代から、誰もがチャンスを掴みやすい時代になってきているといえるだろう。しかし、一方で先の見えない未来に不安を感じている人も少なくない。
これからわたしたちの暮らしはどうなっていくのか。そして、どんなひとたちが社会をつくっていくのか。この予測不可能な未来をサバイブしていくための切り札こそが「教育」。よりクリエイティブで、自ら未来を切り拓いていく力を育むための転換期にさしかかっている。
生徒のサポートはすべてオンライン。
N高とカタリバの新たな挑戦
教育の文脈で、世の中の話題をさらったといえば「N高」だろう。N高とは、2016年4月にドワンゴとKADOKAWAが設立した、ネットと通信制高校の制度を活用する“未来の学校”。
設立当初は、VR入学式のようなインパクトのあるニュースばかりが先行したが、2019年10月時点で11,493名の生徒が学ぶまでに。ネットで学ぶ「ネットコース」と通学する「通学コース」を基本路線に、さらには「大学入試対策」「プログラミング」「ファッション」「ゲーム」「イラストレーション」「パティシエ」「農業・酪農」などの豊富な課外選択授業によって、生徒自身が自らが描く将来像へとつなげていくことができる。まさに多様な時代に多様な教育を実践している唯一無二の学校だといえるだろう。
1万人以上が在籍するネットの高校「N高」
2017年。N高開校の1年後から事業提携を実施しているのが、カタリバだ。
事業提携のきっかけは、カタリバが2013年よりスタートした「全国高校生マイプロジェクト」。マイプロジェクトとは、2006年に慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの井上英之研究会で生まれた手法。「全国高校生マイプロジェクト」は、高校生が自分の身の回りや興味のある地域の課題や気になることをテーマにしたプロジェクトを立ち上げ、自らアクションを起こしていくプログラムだ。(「全国高校生マイプロジェクト」の詳細はこちら)
「全国高校生マイプロジェクト」で重視しているのは「自らアクションを起こす」こと。
問題解決学習/PBL(Problem-based Leaning)や探究型学習ではお題や用意されているケースも多いが、「全国高校生マイプロジェクト」では自ら興味関心をもって世の中を見つめ、自らテーマを導き出すことが求められる。大切なのは、主体的な行動。テーマの規模は小さくとも、たとえ途中で壁に直面したとしても、とにかく自ら動くなかで学びを得ていくプログラムだ。
マイプロジェクトはテーマ設定への主体性とアクションを重視する学び
こういったカタリバの取り組みや考え方に共感したN高サイドから「生徒たちにマイプロジェクトを通じて、自己肯定感を高めてほしい」と声がかかり、提携がスタート。カタリバはマイプロジェクトをつくるキックオフイベントを運営し、その後N高のスタッフが「メンター」として、プロジェクト活動をサポート。生徒がより主体的に取り組んでいけるよう一緒に歩み始めた。
提携スタート当初は通学コースの生徒たちが対象だった。しかし、3年目となる2019年は初めてネットコースに通う生徒たちを対象に。通学コースの生徒たちであれば実際にN高へ足を運んで顔を見ながら相談していけるが、ネットコースに通う生徒たちとのコミュニケーションはすべてオンラインに集約される。これまでより難易度が高くなることは明らか。いかにしてカタリバが彼ら・彼女らにとっての伴走者となりうるのか。これは、マイプロジェクトに手を挙げてくれた生徒たちにとっても、メンターにとっても、もちろんカタリバにとっても、大きな挑戦だった。
オンライン授業の様子
顔を見せたくない生徒と、
いかに信頼関係をつくっていくか
カタリバとしてもオンラインのコミュニケーションのみで生徒たちの伴走者となれれば、今後離島や山間部といった地方に暮らす子どもたちの支援もしていけるようになる。N高にとっても今回の取り組みが成功すれば、ネットコースのプログラム充実につながる。「このプロジェクトが成功すれば新たな教育の可能性が広がる」。その想いが、N高とカタリバをつないでいた。
そして、今回担当者としてカタリバからアサインされたのがこれまでもN高のマイプロジェクトに関わってきた山田将平。プログラムを開始したのが、2019年6月。オンラインでキックオフ授業を行い、N高とカタリバがアサインしたメンターが生徒たちと面談するところからスタートした。
もちろん、面談はオンライン。コミュニケーションツールの《Slack》とオンライン会議ツール《Zoom》を活用することにした……が、山田は早々にオンラインの難しさに直面する。Zoomでの面談に「顔を出したくない」という生徒も現れた。
ネットコースの生徒たちとの間には明らかな距離があった。もちろん、このまま顔を見ないままプロジェクトを進めていくことは不可能ではない。しかし、顔を合わせなければメンターとの間に信頼関係は生まれにくい。すると、今後生徒たちがプロジェクトにおいて壁に直面したときメンターに相談できなくなってしまう。結果として、大きな機会損失を招きかねない。山田は改めてメンターたちに研修を実施し、顔を合わせて面談するときのポイントを共有した。
全国高校生マイプロジェクトスタッフ 山田 将平 2015年、筑波大学人文・文化学群卒業。 学生時代より公立高校授業内にて高校生のプロジェクト学習を支援。 「実際にやってみること」から得られる学びを、全国の高校生が得ていける環境づくりを目指しカタリバに入職。 マイプロジェクト事務局にて私立高校でのカリキュラムづくりの支援や、高校生プロジェクトサポートを行う団体・学校の中間支援等を担当している。
山田:「ポイントといっても、とても基本的なことなんです。『笑顔で接する』とか、『メンターが自己開示する』とか、『相手に興味を持つ』とか。リアルなコミュニケーションにおいては基本的なことばかりです。ただ、オンラインだと途端に難しくなる。
営業スマイル的な笑顔で接し、自己開示として自分のエピソードを語ったところで『うさんくさい』『興味がない』と思われかねない。結果として断絶される可能性もゼロではありません。だからこそ、なるべく自然体で、かつ『このひとは自分に興味を抱いてくれている』『そんなに悪いひとじゃない』という印象は与えられるようにふるまうことには苦労しましたね」
すると、山田らの努力の甲斐もあり、徐々に生徒たちも心を開いてくれるように。山田、そしてメンターたちの地道な取り組みがゆっくりと実を結び始めたのだった。
生徒(左)とメンター(右)とのミーティングの様子、信頼関係をつくることが重要
プロジェクトを経て、
自分の未来を自ら描く生徒たち
メンターとの間に信頼関係が生まれると、生徒たちもイキイキと動き出すようになった。
島根に暮らす、とある生徒のプロジェクトをご紹介したい。
その生徒は、漠然と「島根の魅力を発信したい」とWebサイトをつくることにした。そのために地元のひとにインタビューして、記事をつくって……一見、順調に進んでいたが、やっていくなかで「どういう方法で誰に届ければいいんだろう」という疑問に直面した。そこでメンターの出番。丁寧なコミュニケーションを重ね、生徒の想いをひとつずつ言語化していった。
そして、生徒のなかに「自分は島根県外のひとたちに魅力を届けて、島根に足を運ぶひとを増やしたい。そして、農家民泊をやっている実家にくるひとを増やして、両親に楽をさせたい」という結論が生まれたのだった。
方向性と方法が定まった生徒は、一気にドライブ。経験ゼロのところからインタビューを行い実施、簡単にWebサイト制作ができるツールを使ってプロトタイプをつくるまでになった(2019年11月時点)。
プロジェクトの進捗についてオンラインで中間発表も行う
もちろんプロジェクトの主役は生徒。だが、とくに今回はメンターの果たした役割が大きかったといえる。メンターの伴走者としてのミッションについて山田はこう話す。
山田:「メンターの基本スタンスは、生徒の可能性を信じられること。その意識を持ちながら生徒のやりたいことを丁寧に確認して、わからないことがあったら一緒に考えたり、ときにはヒントを出したりしている。『いついつまでにやってみよう』スケジュールを決めることもありますね。それによって生徒たちの潜在的な想いを引き出し、具現化する。それこそがメンターの役割なのかもしれませんね」
もうひとり紹介したい。その生徒は、皮膚の病気を抱えており、紫外線をカットする機能性重視の洋服しか着れなかった。本当はおしゃれが大好き。ファッション性の高い洋服も着たい……と考えた生徒は、なんと自らおしゃれでUVカット機能も備えた洋服を開発。ファッションデザイナーのところへ相談に行ったり、素材を自ら選んだりし、ついに洋服をつくってしまった。
他にも体育の授業で必修化されたダンスを「ダサい」と感じた生徒が、ゲームの《Dance Dance Revolution》を活用したイベントを企画したこともあった。いずれも自身の原体験を軸に課題を見つけ、解決方法を導き出しているわけだ。
これまでにVRを活用したプロジェクトなどもうまれた
山田:「嬉しかったのは、やっていくなかで『オトナも捨てたもんじゃない』みたいなことを言う子が増えてきたこと。もちろん全員が全員大人たちの協力を得られているわけではないんですが、自分から動き出さなきゃ協力を得られないのは事実。『動き出せば何かが変わる』ということを感じられた生徒がひとりでも増えたのであれば嬉しいですね。
もちろんすべてうまくいっているわけではありません。途中でストップしてしまったり、やりたいことが絞れずにパンクしてしまったり、チーム内で不和が生まれてしまったり……という生徒がいるのも事実です。セルフマネジメント力を鍛えていくこともプログラムの役割だと思いますが、うまくいかないときにどうバランスをとっていくかは大きなポイントです」
コミュニケーションツールSlackでは生徒どうしのやり取りが盛り上がることも
課題はある。しかし、目に見えた成果が出始めているのも事実。
実際、現在参加している受験生の生徒は、「プロジェクトを通じて自分が何に興味があるのか気づいた」と話す。プロジェクトを通じて、PDCAを回すなかで自分の潜在的な想いに触れ、それに基づいて進路を選ぶ。そういう生徒も少しずつ増えてきている。もっと日常的なところだと、「学内の行事に積極的に参加するようになった」「委員長に立候補した」などなど。歩幅としては小さいかもしれないが、その一歩にはとても大きな意味があると言えるだろう。
マイプロジェクトの魅力は
「圧倒的な主体性」
では、N高側は、マイプロジェクトをどうとらえているのだろうか。連携初年度から一緒にN高マイプロジェクトをつくってきた鈴木さんに話を聞いた。
鈴木:「マイプロジェクトの魅力をあえて一言で表現すれば「圧倒的な主体性」だと思います。自分は何者で、何がしたいのか。どんな世界を実現したいのか。自分に向けられた問いの連続によって、「自分」について考え、知っていく。知っていくことで、次の思考や行動に繋がっていく。マイプロで社会や他者と接続することで、初めて考えることがたくさんあります。
答えのない問いをもがきながら考え続けていく先に、「圧倒的な主体性」が現れてくる場面をたくさん見てきました。
マイプロは進むべき道を自分で決め、どうその道を歩んでいくかも自分で決める必要があります。つまり、自分で決めないと何も進まない。これまで受け身の学びのみを受けてきた生徒にはかなり苦しい経験です。できることなら逃げ出したいという気持ちにもなります。実際に逃げ出してしまう生徒もいます」
学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校 起業部 顧問 鈴木 健 東京都町田市出身。教育事業会社を経て、学校法人角川ドワンゴ学園に入職。通学コース立ち上げに参画後、PBL(プロジェクト型学習)担当に。2018年、本気で起業を目指す「起業部」を立ち上げ、顧問に就任。初年度に生徒の法人設立を実現。経営管理修士。
なぜそこまでして、苦しい経験をさせるのか。
それは、「これからの人生を自分らしく生きるためだ」と鈴木さんは言う。いつ人生の終わりを迎えたとしても「人生楽しかった!」と言えるほど充実したものにしてほしい。そのために必要不可欠だと考えていることが「圧倒的な主体性」であり、たくさんの壁を乗り越え、倒れそうになりながら登った先には、これまで見た事がない景色が見える、と考えている。
鈴木:「その名状し難い感覚が、少しずつ、生徒の主体性を育んでいくものと実感しています。実際、この3年間の取り組みの中で、「人が変わった」と感じる生徒に出会ってきました。生徒が変わることで、私たちも勇気をもらい、次の挑戦に取り組む事ができています。そのように、1つ1つの実践事例が、次の誰かを後押しする、ということにこのカリキュラムの可能性を感じています。
先輩の姿を見て後輩が挑戦する、同級生の姿を見て、近くの友達も走り出す。だから、1つ1つの実践が意味や価値を持つのです。これからは、さらにカリキュラムをブラッシュアップし、マイプロを経験した生徒とこれから取り組む生徒によるエコシステムを作りたいと考えています」
経験した者にしか分からないことを、これから経験する者に伝え授けていく。マイプロによる教育効果が本当に実感できるのは、そういう瞬間ではないかと、今からワクワクしていると話してくれた。
「教育」とはなんだろう。「生徒が先生に正解を教わること」が従来の教育だったとすると、生徒も、先生も、そして「正解」そのものも多様化してきている今の時代には通用しないことがわかる。
さまざまな価値観があるなかで何を「正解」とするか。それを決めるのは、親でも先生でもない。自分自身だ。
マイプロジェクトに挑戦した生徒たちは、皆自分で決め、自分で「正解」をつくっていった。「自ら正解を手繰り寄せる力」を育むこと。これこそがマイプロジェクトの価値であり、これからの教育に求められることだと強く感じた。
写真提供=N高ブログより
取材・文=田中嘉人
企画・編集・バナーデザイン=青柳望美
探究学習・マイプロジェクトを実行した全国の高校生が一堂に会し、プロジェクト活動を発表する、日本最大級の「学びの祭典」マイプロジェクトアワードのエントリー受付は2019年12月15日までです。その後、地域・オンラインSummitが順次開催となり、2019年3月28日、29日に全国Summitが開催されます。観覧等の募集受付は決まり次第マイプロジェクトのWebページやSNSで発信いたします。
田中 嘉人 ライター
ライター/作家 1983年生まれ。静岡県出身。静岡文化芸術大学大学院修了後、2008年にエン・ジャパンへ入社。求人広告のコピーライター、Webメディア編集などを経て、2017年5月1日独立。キャリアハック、ジモコロ、SPOT、TVブロス、ケトルなどを担当しながら、ラジオドラマ脚本も執筆。
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