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「対話とナナメの関係」が思春期世代の絶望を救う可能性

vol.106Report

date

category #活動レポート

writer 上村 彰子

戦後初めて10-14歳の死因1位が
「自殺」となった日本

厚生労働省の人口動態統計によると、2017年、戦後初めて日本人の10~14歳の死因として自殺が1位となった。これまでも15~19歳、20~24歳、25~29歳、30~34歳、35~39歳の年齢階級において死因1位は「自殺」だったが、この課題は改善するどころか、低年齢階級にまで波及したことになる。子ども・若者の自殺の状況がこれほど深刻なのは、主要先進7か国の中で日本だけだそうだ。

ネットでは、「絶望の国」という表現も目立つ。しかも、誰もこの状況の原因を明らかにできていない。

厚生労働省は2018年に1年間「自殺防止SNS相談事業」を実施した。相談延べ件数は22,725件、LINEによる友だち登録数は57,978人。年齢階級別では、19歳以下が9,112件で、年齢不詳を除く全体の43.9%。20歳代41.3%(8,570件)、30歳代8.7%(1,798件)、40歳代4.9%(1,017件)、50歳以上1.2%(257件)となっており、利用者のほとんどは、10代・20代が占めていた。

また一方、警察庁によると、2018年1年間にSNSをきっかけに事件の被害者となってしまった18歳未満の子どもは1,813人で過去最多。被害にあった子どもたちの約9割は、中高生だ。

「死にたい」とSNSでつぶやくよりも前に、もっとはやい段階で、生きづらいという本音をそっと吐露できる相手や、時には逃げられる場所が10代に必要なのではないか。この事態を「若者ならではの不安定さ」という世代特性として捉えたり、「自分たちだって自力で乗り越えたんだ」という自己責任論で語ってはいけないほどに、状況は深刻化しているように思われる。

カタリバが、親や先生などのタテの関係でも、同世代の友だちというヨコの関係でもない、新しい視点をくれる少し年上の先輩という「ナナメ」の関係を届けようと、学校への出張授業を始めたのは2001年。

「キャスト」と呼ばれるボランティアの少し年上のお兄さんお姉さんが、中高生と本気で向き合う。どうしようもなく悲しいことがあれば全ての感情を受け止めたうえで、前向きな助言をする。何もなくても、ただ存在を認める。「誰もがあの頃欲しかった、出会いと対話」の時間、それが「出張授業カタリ場」だ。2018年度は約150校、約3万人の中高生に届けてきた。

「出張授業カタリ場」は体育館で開催することが多い

対話とナナメの関係が、思春期世代の絶望を救う可能性はあるのだろうか。「1回1回の授業の中では、子どもたちの心が動くシーンを確かに目の当たりにしてきた」そう語る、現場づくりの最前線にいるスタッフに、話を聞いた。

なぜ1回の授業で
子どもたちは変わるのか?

「出張授業カタリ場」スタッフの小野寺綾によれば、このカタリ場授業は、進路多様校(進学のみならず、幅広い進路を選択する生徒が通う高校)、教育困難校(生徒の授業態度や学力、非行などの問題行動が原因で、教育活動が困難な状態にある高校)での導入も多いという。

無気力、低学力、貧困、外国籍…そんな様々な困難さを抱えている生徒も多い中、たった1回の授業が生徒たちの心に響くのだろうか?カタリ場の体験で変化を見せた生徒たちの様子を小野寺に聞いた。

出張授業カタリ場スタッフ 小野寺 綾 1991年岩手県奥州市生まれ。高校時代は地元の進学校で甲子園を目指して野球に打ち込んだ。大学進学と同時に上京。大学では教師を目指し教育学部で学ぶとともに、日本全国を旅したり、被災地や発展途上国でのボランティアなどの課外活動に従事する。カタリバには学生時代にインターンとして参画し、職員になった現在も学校に社会を届ける「カタリ場」プログラムの運営を中心に行っている。

高校入学後、すぐにカタリ場を体験した高校生A君。父親はおらず、家計を支えている母親は仕事で忙しく不在がち。彼は寂しさを紛らわせるため、同じような境遇の友達と公園にたむろする中学生生活を送っていた。何のやる気もわかず、中学はほとんど行かなくなった。

ところがある日突然、親友が亡くなった。A君は親友の死を前に、「人はすぐ死ぬ。若くてもどうなるかわからない。ちゃんと勉強して高校進学し、将来は家計を助けよう」と考えるようになったそうだ。一念発起したA君は努力し高校に入学。しかし入学したことで満足してしまい、再び無気力となり不登校気味に。いま中退の危機にある、という悩みをカタリ場で語った。

キャストはそんな彼の抱える背景を、意見を言わずに全部聴き、「頑張ってきたんだね。戦かおうとしているんだな」と伝えた。そんなキャストの温かい言葉に信頼感を感じたA君は「遅刻はするかもしれないけれど、欠席しないように頑張る」と約束した。

カタリ場体験から半年後。A君の状況を確認すると、無遅刻無欠席、成績も5段階でオール4をとるまでに変化していたそうだ。

なぜA君は変わったのか?カタリ場キャストの生徒への向き合い方について、小野寺はこう話す。

「まず聴く。それが我々のスタンスです。何か言う前に、事実を確認する。そして事実とズレがないよう気を付けながら、一意見として我々の言葉を伝え、生徒たちの『寂しい』『苦しい』『ダルい』という気持ちを出してもらう。もし気持ちを出してくれたら、『その話しをしてくれて嬉しい』と伝えます。『事実確認』と『感情のシェア』を繰り返していけば、『この人は自分の話を聴いてくれる人だ』『わかった上で話してくれる人だ』と信頼してもらえる。だからたった2時間弱の授業でも、生徒たちが変わるきっかけを作れるんです」

「本気で聴く」ことで信頼関係が築ける

課題を抱えている生徒たちは、保護者や大人と接触する機会が特に少ない傾向にあるそうだ。また素行不良で問題児扱いされてきた経験が多く、その裏にある事情は聴かれずに問い詰められてきた。

例えばA君の場合は、友達と公園にたむろしていて地域住民に煙たがられ、家にも学校にも地域にも受け容れてもらえない「居場所」がない状態にあったという。世間や大人に対して、「どうせこいつもわかってくれない」「どうせ大人の事情を押しつけるんだろ」と身構えていた。だから余計にカタリ場で、「今まで会ったことのない大人」に出会い、心を開いた。

子どもたちの日常に対話を

「子どもたちは、学校でも家庭でも、大人たちの当たり前やルールに合わせることを要求されてきた。カタリバのアプローチは逆なんです。大人が、子どもたちの状態に合わせて対応をする」と、小野寺。

中には、110分中100分、無言のまま下を向いている生徒もいた。それでもスタッフは否定せず、「うっとうしかったら離れるからね」と声をかけ、ただ隣に座っていた。すると最後の10分で「実は…」と話し出した。彼は、いじめで大事な友達に裏切られ、人間不信に陥っていた。初めてやってきた見知らぬカタリ場キャストのことも、もちろん信用していなかった。しかし、ずっとしゃべらない自分にも、無理強いや否定をしないでずっとそばにい続けたキャストと「このまま別れるのは寂しい」と思ったという。

そして残り10分となりついに、「ありがとうございます。初めてです、こんな人」と言葉に出し、心を開いた。思春期の子どもたちは大人たちが「本当に自分に向き合ってくれているか」を敏感に見極める。

大切なことは向き合う側のスタンス

「初対面、一回限りの出会いなのに、涙ながらに語り出す子もいます。顔の表情、声のトーンとか、向き合い方とか、日常とは違う人間の温かさを感じる交流だから、受け容れてくれるのではないかと思います。SNSコミュニケーション慣れしている子どもたちでも、生のコミュニケーションの良さを実感してくれるのではないでしょうか」

小野寺は、カタリ場はたった1日の非日常の体験だが、そこで起きたことや子どもたちの表情の変化から『カタリ場』には何があるのか、子どもたちにどうして響くのかを伝えることも大事だと思っていると話す。様々な子どもたちの変化を目の当たりにした先生たちから、「生徒への接し方を改めようと思った」と言ってもらうことも多いそうだ。

「子どもたちにとって、カタリ場での対話の経験はとても貴重です。けれども『カタリ場で会った人はわかってくれたけど、親や先生はわかってくれない』と、より世の中に対する失望感を募らせる原因を作ってしまっては元も子もない。子どもたちが安心して心を開ける日常を作っていくことこそ大事。子どもたちの日常の中にも対話が浸透していければ」

世の中にはまだまだ、子どもたちが「自分たちが受け容れられている」と実感できる機会が乏しいのかもしれない。カタリ場だけでなく、地域、学校、家庭含めて子どもたちが「受け容れられている」と実感できる環境が必要だ。

21世紀型スキルやAIに負けない創造性、アクティブ・ラーニングなど、新しい教育に対する議論は進んでいるが、子どもたちが安心と安全を感じられる土壌作りも見過ごされてはならないだろう。

日本中の10代が生きることに絶望することなく、毎日をワクワクと過ごし、意欲と創造性を伸ばして未来を創り出していけるように。

Writer

上村 彰子 ライター

東京都出身。2006年よりフリーランスでライター・翻訳業。人物インタビューや企業マーケティング・コピーライティング、音楽・映画関連の翻訳業務に携わる。現在、カタリバ発行のメルマガや各種コンテンツライティングを担当。

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