アートを通じて自分たちの居場所をつくり変える。「中高生の秘密基地b-lab」の仕掛け
アートなどの創作活動が
10代にもたらす可能性
アートの持つ力や可能性が再定義されている。 山口 周氏の著書、“世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? ”がベストセラーになったことは記憶に新しい。“デザイン思考”、“デザイン経営”という言葉も本や雑誌やネット記事などで頻繁に見かける。科学や論理からのアプローチだけでは限界を迎え、今あるものがすぐに過去のものになってしまうスピード感で変化する、予測不能で曖昧な現代社会において、ビジネスの世界からアートが注目されることは必然かもしれない。
これからの社会を生き抜く子どもたちにとっても、アートの感性やアプローチを学ぶことは、ますます重要性を高めている。
加えてアートなどの創作活動は、10代にとって重要な自己理解・自己受容の機会という側面も持つ。表現を通じて自分と向き合うプロセスが、新しい自分の発見や、過去の出来事の見方・考え方に変化が起きるきっかけにもなるからだ。内発的な表現の経験は、10代の自己肯定感を高めることにもつながっている感覚がある。
身につける力としても、プロセスがもたらす効果としても重要なアート。だからこそ、NPOカタリバが文京区から委託を受け運営する“中高生の秘密基地 b-lab”では、多様なアートイベントを開催してきた。
「b-lab」は、日本にはまだあまり多くはない中高生のためのサードプレイスだ。小さな子どもたちがメインユーザーの児童館とも、勉強が目的の塾とも、ただなんとなく友だちと過ごすために訪れるファストフード店とも違う。
中高生のための、中高生が主体の、中高生がやってみたいことに何でも挑戦できる場所だ。
どんな場所にするか、どんな備品が欲しいか、どんなルールをつくるか、どんなイベントを開催するか。その全ての意思決定の軸に、中高生の意志が置かれる。放課後や土日になると、多い日は100名以上が集まってくる。
b-labはアートやスポーツや音楽など、年間を通じて多様なイベントを開催する中高生の秘密基地
そんなb-labで、9月の初めに「Art Week b-labをひっくりかえす」と名付けられたワークショップが行われた。
このワークショップは、アートを通じた自己表現の枠を越え、中高生の場への主体性を引き出し、自分たちの居場所を自分たちの手で更新し続けるための、重要な仕掛けだった。
場へのオーナーシップを
引き出すアートワーク
9月8日(日)10時。「Art Week b-labをひっくりかえす」ワークショップは始まった。講師は現代アートの芸術家である都築崇広さん。b-labにあるものだけを使って、「ひっくり返して」「組みかえて」作品をつくるというアートワークショップだ。
ワークショップは「見たことのないものをつくること・面白がること・言葉にする必要なし、驚かす!」という心構えや、見たことのない新鮮さや、見た人に?を生むこと・置き方や場所や機能を変えて視点を切り替えること・形や色の構成を考えること・取り合わせの面白さ、ありえなさや無意味性や意味の転換をつくること、といったアートの条件に関するインプットから始まった。
『b-labに違和感を。みんなが驚くものをつくろう。』という意気込みを決め、中高生が作品づくりにとりかかる。
最初は何をしていいのか分からずに戸惑っていた中高生。ワークショップ講師の都築さんからは「まずはどんどん手を動かして、色々なもをひっくり返してみようか。作品は、出来上がったものが”何に見えるか”から考えていこう」とアドバイスをもらい、様々なものをひっくり返す。繰り返すうちに「これ、〇〇に見える!」と、どんどん前のめり取組む姿勢が変化していった。
そして、個性豊かな5作品が完成した。
作品No.1 「お茶の間」お茶でも一杯どうですか?
b-lab入口に、みんながゆったりできる畳空間をつくった。初めて来館した子にも「ちょっと寄ってく?」と声をかけたくなる。
作品No.2 「イスの森」
生まれたばかりのイスや大きな木に成長したイスまで、様々な成長過程のイスがある。君の座っているイスは何歳だろう?
作品No.3 「花にあつまる人々」どのイスから見る花が一番好きですか?
中央の花(イス)に集まるミツバチ(人)たち。偶然隣に座った中高生たちはどんな会話をするのかな?
作品No.4 「山の上のベンチ」山の上からビーラボを眺めてみよう
b-labに山をつくりたい!という声から生まれた作品。いつもと違う高さから見たb-labはどんな風に見えるかな?
作品No.5 「マナビ場」一冊手にとってみる?
この本たち全然手に取ってもらえないよね?という声から生まれた作品。ひっくり返された本から「どんな本かな?」と思わず手にとってみたくなる。
通常のb-lab利用を妨げないことを条件につくられた作品は、1週間そのまま展示してから撤収。ワークショップに参加しなかった中高生も作品に触れることで、なぜこういう作品になったのだろう?と考えたり、撤収後に現れる「いつものb-lab」を新しい気持ちで感じることができる。いつものb-labをこれこそ自分たちの場所だと思うのか、むしろ違和感を感じて変えたい何かを見つけるのか。“場”に対する問いがうまれるきっかけになる。
アートワークショップを企画したb-labスタッフの山本は、みんなで違和感を創り出していくプロセスの面白さ、その時間の想像を超える豊かさに手応えを感じていた。
山本:「アートを通して、普段当たり前に見えているものを、本当に?と疑ってみたり、面白がったりする”眼”を自分が元々持っていることに気づいて欲しかったんです。アートというと”センス”が必要な気がしますが、このワークショップは”ただひっくり返す”だけでアートをつくることができます。その気軽さが中高生に合っていると思い企画しました」
中高生の秘密基地b-labスタッフ 山本 晃史 1990年生まれ、静岡県立大学卒業。学生時代、若者の社会参画活性化に興味を持ち、中高生世代の余暇活動を大学生が応援する活動に取組む。またフィンランド・ヘルシンキのユースセンターでインターンを経験。2018年に入職、文京区青少年プラザb-labに勤務。ユースワーカーとして中高生の余暇活動支援を行うほか、探究的な学びについて学校内外でのプログラムを担当。2018年にはスウェーデン、2019年には韓国のユースセンターなどの放課後施設を視察。11月には内閣府フィンランド視察に参加。
山本:「例えば参加した1人の高校生は、最初はいわゆる『イベント参加者』というスタンスだったんですけど、作品をつくっていくプロセスの中でどんどん変わっていきました。作品が気になって見に来る中高生に作品づくりの面白さを伝える姿、完成した作品意図をスタッフたちに説明する姿。それはこの空間の『オーナー』そのものでした。この場所は自分たちがつくる場所なんだ、というマインドのスイッチが自然に入っていく姿をみて、アートを切り口に主体性を引き出す企画の可能性を改めて感じました」
いつだって10代の
オーナーシップが
この場所の原動力
b-lab館長で責任者の白田は、運営のコアな部分について、今回のアートワークショップとからめてこう話した。
白田:「b-labやユースセンターのコンセプトを伝えるときに、オーストリアのユースセンターで見た、『塗りかけの壁と使いかけの絵の具が床に置かれている写真』をよく使うんですよ。これは、日々当たり前に使っているセンターを、若者自身が自分たちの手で創っていくプロセスが尊重されている、という場のあり方を伝えるために、あえて置かれているんです」
実際のオーストリアのユースセンターの写真
白田:「今回の『b-labをひっくり返す』というアートワークショップもそういうことだと思っているんです。当たり前にあるb-labを、中高生のためのこの場所を、自分たちの手でもう一度つくり変えていく。完成形はないんです。その場所を使うすべての中高生がb-labのオーナーです。何度でも自分たちの手でつくり変えていけるんだということを、忘れないでもらいたいし、そのための企画設計やスタッフの関わり方には、こだわり続けていきたいと思っています」
中高生の秘密基地b-lab館長 白田 好彦 1986年茨城県生まれ、東京学芸大学卒業。学生時代、子ども会運営に参画するなかで、家庭とも学校とも異なるサードプレイスに興味を持つ。2009年都内市役所に入職、児童館職員としてサードプレイズの運営に携わったのち、2015年カタリバへ転職。b-labの立ち上げメンバーとして館内運営全般のマネジメントを担い、2017年に副館長、2018年より館長を務め、マイプロジェクト関東事務局の運営も兼ねる。その他、内閣府オーストリア視察や児童館業界における研修コーディネート等、国内にサードプレイスの価値を発信するため活動中。
毎日のように過ごす空間だからこそ、その場所へのオーナーシップが薄れてしまうことがある。あまりに日常になると、色々なことに鈍感になってしまったり、「なんとなくそういうものだから」と物事に疑問を持つことが少なくなってしまうことがあるからだ。
その場所を使う10代が、場へのオーナーシップを失った瞬間、その場所はユースセンターではなくなってしまうのではないか。いつだって10代のオーナーシップを原動力に場が動き、変わり続ける。そんなソフトの部分に火を灯し続けることが、カタリバが運営するユースセンターのこだわりだ。
揺れやすい思春期の心に火を灯し、自分たちの居場所を自分たちの手で更新し続けるオーナーシップを引き出し続けるために。今日もb-labでは、中高生発の中高生による中高生のための、何かが行われている。
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