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「今の自分の選択は、探究学習でできている」普通の高校生が、教育に情熱を傾けるまで[マイプロ高校生のいま]

vol.281Interview

地域や身の回りの課題など、高校生が自分の関心を軸にプロジェクトを立ち上げ、実行する経験を通じて学ぶ「マイプロジェクト」。これまで「在来種のタンポポの生態を探究する」や「ウーバーイーツを学校内で実現する」など、高校生たちによってさまざまなユニークなプロジェクトが立ち上げられてきました。

カタリバでマイプロジェクトの取り組みが始まってから10年。この節目に、過去にマイプロジェクトに取り組んだ先輩たちのインタビュー連載「マイプロ高校生のいま」が始まりました。

高校時代のあの日の経験は、 “いま” どのような影響を与えているのかー。

マイプロジェクトや探究学習を通じて “過去” 得たもの、また、 “いま” に活きていることについて聞いていきます。

第二弾では、岩手県立大船渡高校でマイプロジェクトに取り組んだ船野杏友(ふなの・あゆ)さんが登場。テーマも決まらず悩んでいた船野さんが探究学習に没頭し、マイプロジェクトアワード2017で文部科学大臣賞を受賞するに至ったのは、高校の先生のちょっとしたひと言からでした。

「ある意味、今の自分の選択は、高校時代の探究学習でできているかもしれません」と話す船野さん。探究学習へどのように没頭していき、その後の人生にどのような影響を及ぼしたのでしょうか。

スーパー高校生とは程遠い、ごく普通の高校生だった

――マイプロジェクトに取り組むことになった経緯を教えてください。

私が岩手県立大船渡高校に入学した年、「大船渡学」という独自の探究学習カリキュラムが始まったことがきっかけです。 生徒全員が一人、あるいはチームでテーマを決め、活動することになりました。

私は当初、これといった好きなこともなく、何をしたらいいのか全然わかりませんでした。高校1年生の夏頃までテーマが決まらず悩んでいましたね。 

――過去のインタビュー記事を拝読すると、“スーパー高校生”のような印象を受けたので、当初テーマが決まらず悩んでいたのは意外です。

高校入学時は“意識が高い系”とはほど遠い、ごく普通の高校生でした。

たまたま担任が大船渡学のカリキュラムを作られた先生で、三者面談でテーマが決まらないと相談した際、自宅で地下水を飲んでいることを話すと、「その地下水について調べてみたら?」 とアドバイスをくれました。その一言で、ようやくテーマが決まりました。

――具体的にどのようなテーマを設定し、どのように進めていったのですか?

地下水と「小枝柿」を使ったニアウォーター(水に栄養素や果汁等を加え、風味をつけた飲料)づくりをプロジェクトとして進めることにしました。

ただ、テーマは決まったものの具体的に何をどう調べたらいいのか、最初は見当もつきませんでした。たまたま父が水質分析の企業とつながりがあったので、普段飲んでいる地下水を分析してもらうことに。

父に「せっかく調べてもらうなら、いろいろな水を持って行って比較検証をしたら面白いと思うよ」と言われ、 市販のミネラルウォーターや地域のきれいな川の水、トイレの水なども分析してもらうことになりました。分析の結果、自宅の地下水と市販のミネラルウォーターのイオン成分が非常に似ていることがわかったのです。

ふるさとの水の成分を調べる船野さん

それなら、ミネラルウォーターの採水地が自宅の近くにあるはずだと仮説を立てて調べると、岩手県内に採水地の1つがありました。ただ、自宅とは山脈を挟んで反対側だったので、なぜイオン成分が同じなのかまでは突き止められませんでした。

――そこからどのようにしてニアウォーターを作る発想に至ったのですか?

何か社会課題と絡められないかと考えた結果、地域の名産品「小枝柿」が思い浮かびました。

昔はどの家庭でも庭先に小枝柿が植えられいて、秋になるとたくさん実った柿を収穫し、干し柿に加工していたのですが、高齢化によって加工する人が減少。収穫されない柿の実を目当てにカラスや鳥獣がやって来て、近隣の畑まで荒らしてしまう獣害被害につながっていたのです。

そこで、加工されずに残った小枝柿を活用したフレーバーで、ニアウォーターを作ることを思いつきました。 この頃には探究学習にかなり没頭し始めていましたね。

探究学習に没頭できたのは、先生が面白がってくれたから

――なぜそこまで探究に没頭できたのですか?

理由は2つあります。1つは、もともと小中学校の理科の実験が好きで、探究学習ではそれに近い経験ができていたからです。もう1つは、一緒にテーマを決めてくれた先生が面白がってくれたこと。

実は小枝柿のフレーバーがついた透明な水を作る過程で、何度も失敗していて。例えば蒸留という方法で水を作ったら、ものすごく苦い水ができてしまいました。その水を先生に飲んでもらうと、「確かに苦いね〜。だけど、どうしてこうなるんだろう?面白いね。もっと調べてみようよ」と言ってくれたのです。

私自身が主体的に行動した結果そのものを純粋に面白がってくれたのが、すごく嬉しかったのです。その先生をもっと驚かせたいという想いで、探究学習に没頭していきました。

――探究学習を進める過程で行き詰まったことはありますか?

苦い水ができてしまい、どうしたら成功するのかまったく出口が見えなかったときですね。自分が何をしたらいいのか、誰を頼ったらいいのかわからなくなってしまいました。

――どのようにして、その状況を突破したのですか?

手当たり次第、身近にいる大人に聞いて回りました。例えば学校の化学の先生や、苦い水を面白がってくれた先生、その先生が紹介してくれた企業の方、ビジネスコンテストで知り合った大学の教授などです。 

突破口になったのは、その教授が紹介してくれた方のアドバイスでした。「この酵素を使うといいよ」と教えてもらえたことで、苦くない小枝柿のニアウォーターを作ることに成功したのです。

私はこの経験から、自分が取り組んでいることや、その中で困っていることを周りに話すことで誰かが手を貸してくれると学びました。また、大人が子どもたちの学びにこんなにも積極的に関わってくれるんだと驚き、「頼ってもいいんだ」と思えるようになりましたね。 

――マイプロジェクトアワード2017へ参加して得たものはありますか?

同志に出会えたのが、一番大きな収穫です。私の高校では当時、探究学習に取り組む熱量はそれぞれ違いましたし、私ほど没頭している人はあまりいませんでした。私は常に “優等生”と見られ、探究学習を一緒に頑張る仲間づくりができる土壌ではなかったように思います。

それが一歩外に出てみると、熱量をもって取り組んでいる同級生がたくさんいて衝撃を受けました。その空間がとても心地よく、自分の第三の居場所を見つけられた気がしました。

マイプロジェクトアワード2017で文部科学大臣賞を受賞した船野さん

一度消えかけた炎。今は「一生かけて取り組む」と言える

――高校時代にマイプロジェクトに取り組んだ船野さん。進路選択時のお話もお聞かせください。

問題を見つけて、仮説を立て、解決するという一連の思考プロセス。この過程をマイプロジェクトで学び、日常にも浸透したので、進路選択のときに大いに役立ちました。

もともと理系の大学に進学しようと思っていましたが、その考えは周囲の声が大きく影響していたため納得感がなく、志望理由書も書き進められませんでした。

そこから思考を切り替え「社会に還元できることは何か」という視点から自分の考えを整理。高校時代の経験から「探究学習には人を動かす力がある。だからこそ今後の教育では探究的な学びの機会をもっと増やしていくべきだ」と想い、教育の道に進もうと決めました。

その結果、慶應義塾大学総合政策学部(以下、SFC)へ進学し、現在は数多くの教育現場に関わるなど、とても充実した生活を送っています。マイプロジェクトがなければSFCに進学していませんし、教育の道に進もうとも考えなかったと思います。そう考えると、今の自分の選択は高校時代の探究学習でできているかもしれません。

―― SFC入学後はどのように過ごしましたか?

入学当初は「教育の道を究めるぞ!」と意気込んでいましたが、少しずつその炎は消えかかっていました。

大学に入学したのが2020年4月。新型コロナウイルス感染症の流行によって入学式もなければ、授業はフルリモートなので岩手県の実家でオンライン授業を受ける日々。物理的な距離から教育への情熱を傾けることができず、 入学したらすぐに入ろうと思っていた鈴木寛先生主催の研究会(以下:すずかんゼミ)にも入りませんでした。

でも少しずつ対面での授業が始まり、大学のある神奈川県内で生活を始めることに。すずかんゼミに入ると、再び教育への情熱が燃え始めて「やっぱり私は一生をかけて教育に取り組んでいこう」と決意。そう決意してから情熱は消えることなく、今に至ります。

「はてな」を投げかけ、一緒に楽しんでほしい

――高校時代に探究学習に取り組み、数多くの教育現場に関わるようになった船野さんから、探究学習に関わる先生方や大人へのメッセージはありますか?

数年前の私なら「探究的な学びは必要だからもっと頑張ってください」「もっと生徒に寄り添ってください」と言っていたかもしれません。でもこの数年間、ありがたいことに全国各地の教育現場や先生方と接する機会が増え、学校の先生方が苦しんでいる状況もわかってきたので、今は先生方に「もっと頑張ってください」とは、とても言えません。 

「教えなければ」と思う必要はなく、ただ生徒と一緒に探究学習を楽しむというスタンスでいいのではないでしょうか。 

私が小枝柿からニアウォーターを作ろうとして苦い水ができてしまったとき、先生が実際に水を飲んで興味をもってくれたのがとてもうれしく、もっと探究学習を進めたいと思いました。

高校生が起こしたアクションや過程と向き合い、先生方が感じた「はてな」を投げかけるだけで生徒たちはうれしいはずです。そして行き詰まっているときには一緒に考える。そんなスタンスで、一緒に学び、楽しんでほしいと思います。

「私なんて全然すごくないし、普通の高校生でしたよ」

そう笑いながら言う船野さん。話を聞いていくうちに、船野さんの周りにはいつも先生方や周りの大人たちの助けがあったように感じました。

そして小さなチャンスも見逃さず、拾い上げて行動に移してきたからこそ、高校時代のマイプロジェクトが今にもつながっているのかもしれません。


 

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Writer

北森 悦 ライター

2015年からインタビューライターとしての活動を始め、これまでに500名以上のインタビュー記事に携わってきた。現在はライターチームを束ね、Webメディアのインタビュー記事や、企業・団体のテキストコンテンツ制作など、聴くこと・書くことを軸に幅広く活動している。カタリバ内では、カタリバマガジンのインタビュー記事を担当。

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