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KATARIBA マガジン

高校転学を経て大学へ進学、そして臨床心理士に。専門家の立場から「困難を抱える子どもたち」の支援を続ける彼女が知る「伴走」の大切さ/PARTNER

vol.251Interview

date

category #インタビュー

writer かきの木のりみ

Profile

土江 梨奈子 Rinako Doe 臨床心理士/「キッカケプログラム」パートナー/首都圏スクールカウンセラー

大学院を卒業後、足立区のスクールカウンセラーや、東京都公立学校カウンセラーに。生活困窮世帯の子ども支援を行っているカタリバの居場所事業にもボランティアとして参加。家族の転勤で3年ほどブラジルで生活した間も、オンラインでボランティアを続ける。ブラジルでは、日本人学校のカウンセラーを務める。
2020年に帰国したのを機に、カタリバの「キッカケプログラム」のパートナーとして参画。2021年からは生活困窮世帯の子ども支援を行う居場所事業での業務も担当。現在首都圏のスクールカウンセラーも兼任。所属学会/日本心理臨床学会・青少年問題学会

コロナ禍をきっかけに、広く活用されるようになったオンライン。カタリバでも、経済的困難を抱える家庭へオンラインで学びの機会を届ける「キッカケプログラム」をはじめ、さまざまなオンラインサービスが生まれました。これにより、専門性を持った人材による支援を、地域や距離に関係なく届けられるようになっています。

その「キッカケプログラム」に、臨床心理士として参画しているのが土江梨奈子(どえ・りなこ)さん。カタリバスタッフと連携し、困難を抱える家庭や子どもたちへの支援の問題点を整理して、専門家の目線と知識を活かしたアドバイスを行なっています。

「困難を抱える子どもの支援をしていきたい」と話す土江さんに、その思いと複数の現場を見てきた専門家だからこそ感じるオンラインを活用することの利点や難しさ、支援現場での課題などについて話を伺いました。

カタリバの放課後施設のボランティアに。
ブラジルからもオンラインで参加

―土江さんがカタリバと出会われたのはいつ頃でしょうか?

今から5年ほど前のことです。私は大学院を卒業後、足立区の職員としてスクールカウンセラーをしていたのですが、その仕事を退職した直後でした。カタリバで働いていた小・中学校時代の同級生が、「生活困窮世帯の子ども支援を行っている施設でイベントがあるから、よかったら見に来てみない?」と誘ってくれたのです。

―どのようなイベントだったのですか?

子どもたちがピザ屋さんの職業体験をするイベントでした。複雑な家庭環境で育つ子どもたちには、健全な大人、子どもたちがロールモデルにできるような大人が、周りにいない場合が少なくありません。そういう子どもたちがこのような職業体験ができるのは、とても素晴らしいと思いました。

それでボランティアとして、この施設のお手伝いをするように。ただ、この時は家族の転勤でブラジルに転居することが決まっていたため、深く関わることはできませんでした。

―ブラジルからもボランティアとして参加されていたとか。

ブラジルに3年ほどいたのですが、その間もオンラインで会議に参加するなど、細く長く関わらせていただいていました。困難を抱える子どもの支援に関して、個人的に強い問題意識を持っていたので、その支援に取り組むカタリバさんの活動にもとても関心があったんです。

そのためブラジルからの帰国後、カタリバさんから「一緒に仕事を」と声をかけていただいた時、すぐに「やりたいです」とご返事させていただきました。

周りに支えられて底辺から脱出した経験が。
今度は自分が問題を抱える子どもたちを支援したい

―「困難を抱える子どもの支援」に関心があるのには、何か特別な理由が?

心理士がプライベートなことを自己開示するのは良しとされていないので、語ってきたことはないのですが、私自身、周りに支えられて底辺から這い上がり、教育に救われたからです。中高生の頃は、わかりやすく言えば「不良」で、入学した公立高校も友達と喧嘩して「もうこんな学校辞めてやる!」と1カ月で飛び出してしまいました。その後、転入した通信制高校もすぐに休学してしまい、高校を卒業できたのは21歳という遠回りをしてきました。

―今の土江さんからは想像できないですが……。

ですよね(笑)。両親が教員で厳しく育てられてきたので、小さい頃から頑張って何かを達成しても評価してもらえない感覚がずっとありました。周りの人から「親が先生だからできて当たり前」と言われ続けていました。そうした鬱屈が、思春期に弾けちゃったんですね。

―その生活が変わったきっかけは? 

高校を休学してアルバイトを転々としていた時に、いいバイト先と出会い、自分の努力が積み上がった経験を得られたことが大きかったと思います。バイト先の人々があたたかく接してくれて、自分の働きが評価され、お金という成果として返ってくる。そのあたりの時期から「将来」に目を向けられるようになり、通信制高校に復学したんです。

その後、家族に勧められてある中学校にボランティアとして行ったことが、人生の転機となりました。

―どのようなボランティアだったのでしょう?

問題行動が多くクラスに馴染めない中学生たちと話をする、という内容でした。彼らはまるで、少し前の自分を見ているようでした。そんな彼らが初めて来た私を、みんなで職員室まで送ってくれたんです。その瞬間に、こんな子たちの支援をしたいと強く思いましたそこから、個人ひとりひとりに関わることができるスクールカウンセラーを目指そうと思い、猛勉強して大学・大学院に進みました。

臨床心理士の知識を活かして
困難度の高い家庭の支援をアドバイス

―現在のカタリバでの仕事内容を教えてください。

オンラインで学びの機会を届ける「キッカケプログラム」に参加している家庭の中でも、特に困難度の高い家庭の支援に関してアドバイスを行っています。困難度の高い家庭はさまざまな問題を抱えており、中には虐待やDV、「死にたい」と相談されるなど、対処が難しいケースも少なくありません。

キッカケプログラムではそれらを会議で共有し、皆でベストな対策を検討していて、私は臨床心理士の立場からアドバイスをさせていただいています。

―アドバイスというと具体的には? 

連携できる相談先を紹介したり、活用できる制度を提案したり。難しいケースの場合は、直接親御さんやお子さんとお話しさせていただくこともあります。

また、カタリバのスタッフは直接子どもたちと接しているため、親身になるあまり、入り込みすぎてしまうこともあります。そういう場合は問題点を整理して、「カタリバとしてできることは何か」を再考することもあります。

キッカケプログラムに関わるスタッフとのミーティング(左上が土江さん)

問題を抱える子どもの中には
オンラインだからこそ繋がれる子も

―「キッカケプログラム」はオンラインでのサポートですが、オンラインゆえの難しさはありますか?

確かにパソコンを使うというハード面ではリアルと違いますが、人の心というソフト面は変わらないと感じています。オンラインでも子どもたちの心の揺れは伝わりますし、成長も見ることができます。むしろ、困難を抱える子どもにとっては、オンラインの方が繋がりやすい場合もあります。

―オンラインの方が繋がりやすいとは? 

ある不登校の男の子のケースなのですが、彼は行政とも学校とも繋がりが切れ、カタリバとだけ繋がっていました。

ある時、メンターとの面談を最後に連絡が途絶えてしまったんです。そこでカタリバのスタッフが、チャット機能で定期的に働きかけを続けました。メッセージを送ったり、彼が興味を持ちそうな動画などのリンクを送ったり。返信はなくても、「既読になっているから見てくれている」「リンクもクリックしてくれている」と様子を伺うことができました。

そうして見守りながら関係をつなげて、先日ようやく、その彼とミーティングを再開することができたんです。これはオンラインだからこそできたことだと感じています。

―そのような難しいケースもある中で、支援するうえで気をつけていることはありますか?

単純ですが「必ず約束は守る」ことです。例えば私がミーティングに遅れた場合、大人なら「前の会議が長引いているのかな?」で済ませてくれるでしょう。でも子どもには「忘れられちゃうくらい大切じゃないんだ」「裏切られた」などと思う子もいます。1回の失敗やミスが、子どもにはものすごく大きな影響となるのです。

だからこそ、遅れる時はその理由を伝え、代わりの日時を伝えます。相談されたことを誰かに伝えるときは、それを説明して合意を取りますし、できないことははっきり伝えます。約束を守ることが信頼関係の構築につながるので、特に子どもに対する際には大切にしている点です。

行政や学校の手が届かない「隙間ポケット」の子どもたち。
彼らにアプローチできるのはNPOだからこそ

―スタッフとしてカタリバに参画されたことで発見したことや感じたことはありますか?

NPO だからこそできることがあると実感しています。例えば、生活保護が必要な家庭には行政が介入できますし、虐待の疑いがある家庭には児童相談所が、精神疾患を抱えている場合なら医療機関が関わることができます。でも、問題はあるけどそこまで深刻ではない「隙間ポケット」のような家庭には、行政や学校の手が届きません。

そこをフォローできるのは、柔軟に動けるNPOだからこそ。実際、カタリバは隙間ポケットの子どもたちに、直接手を差し伸べることができています。特にキッカケプログラムの「伴走」という概念は、とても素敵だと思いました。

―「伴走」のどういう点にそう感じるのでしょう?

ちょっと心理学的な話になりますが、人が課題に前向きに取り組めるようになる要素はいくつかあって、その1つに「誰かから応援される」ことがあります。

キッカケプログラムの「伴走」は、まさに「応援」です。子どもの小さなチャレンジを応援することを、皆が本気でやっています。「伴走」がその子の将来への種まきになっていて、そこにチャレンジしていることがとても素敵だと思います。

―今後、土江さんがやってみたいこと、目指している方向などはありますか? 

隙間ポケットの子どもたちの支援は、これからも続けていきたいと考えています。加えて、不登校の子どもたちの支援も、すごく大事だと感じているところです。

学校に来られず、家庭訪問しても会えず、手紙を送っても読んでくれない子どもたちの中には、ゲームだけはしているという子が一定数います。そういう子たちに、オンラインによる支援を届けていけたらと思います。

もしかしたら今はまだ、私たちの働きかけや投げかけの意味が、子どもたちにはわからないかもしれません。でも、5年後、10年後に「あの時のことばにはこんな意味があったのかな」と気づいてもらえたら、それで十分成功だと思うんです。そういう将来への種まきを、私も続けていきたいと思います。

臨床心理士として、カタリバ以外にも首都圏でスクールカウンセラーをしている土江さん。写真は高校生向けに、ストレスとの付き合い方について講演しているところ

-写真:土江さん提供(2枚目以外)

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Writer

かきの木のりみ 編集者/ライター

東京都出身。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、編集プロダクション3社にて各種紙媒体の編集を担当。風讃社にて育児雑誌「ひよこクラブ」の副編集長を4年間担当後、ベネッセコーポレーションにてWebタイアップや通販サイトなどの企画、制作、運営に携わる。2011年より独立。

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