「若者が自分の思いを大切にできる社会にしたい」という想いで立ち上がった青年二人が、 ものすごいスピードで進化させている、長野県の探究学習プロジェクトとは/PARTNER
2013年にスタートした実践型探究学習「マイプロジェクト」。 現在では全国で1.3万人以上の高校生たちが参加し、探究学習の成果をプレゼンテーションするイベント「マイプロジェクトアワード」が全国18か所開催されるほど規模、内容ともに大きく成長しています。
中でも、2019年度から長野県でスタートした「高校生学びのフォーラム長野」は、長野県教育委員会とカタリバが業務委託契約を結び実施している事業であり、マイプロジェクトの新しい取り組みとして、多くの注目を集めています。
この事業の設計・運営をカタリバと共に担っているのが、地域・教育に関わる活動を幅広く展開している一般社団法人ウィルドアの竹田和広さんと武口翔吾さん。この事業において、高校生向けの探究プログラムや教員向け研修の開催などを担っています。
おふたりが「地域と教育」をテーマに活動するに至った、ある体験と疑問点とは。その想いは今、「高校生学びのフォーラム長野」につながり、長野県の先進性と連動して、地域×マイプロジェクトの新たな可能性を切り開いています。
連載「PARTNER」では、「地域パートナー」のように、カタリバのパートナーとして各地で活躍する人物に焦点を当ててご紹介していきます。
全国高校生マイプロジェクト東京都・神奈川県・長野県パートナー/一般社団法人ウィルドア 共同代表理事/NPO法人横須賀創造空間 理事
神奈川県育ち。高校時代、かながわハイスクール議会への参加をキッカケにまちづくりに関心を持ち、大学の地域連携事業を中心に様々な地域の活動に参画。2015年、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科在籍中に一般社団法人ウィルドアを設立。
学校へのキャリア教育・探究学習のコーディネートに努めつつ、社会教育分野でも横須賀を拠点に様々な場づくり・仕組みづくりに従事する他、NPO法人ETIC.と協働したMAKERS UNIVERSITY U-18やワンダリングチャレンジ等、高校生の持つ可能性を応援中。
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武口 翔吾(Shogo Takeguchi)
全国高校生マイプロジェクト東京都・神奈川県・長野県パートナー/一般社団法人ウィルドア 共同代表理事/キャリア教育コーディネーター
神奈川県出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、企業システム開発に2年半従事した後、同僚の社内起業に乗っかる形で家庭菜園SNSの開発にも携わる。会社員になり、就職までのキャリアを考える機会の少なさに問題意識を感じ、教育系NPO団体にも副業として携わる。2014年に退職し、1年間のフリーランス期間を経て2015年に一般社団法人をウィルドアを創業。主に裏方として、マイプロジェクト事業の推進や組織運営、コミュニティづくりに取り組む。
なぜ、夢を持てない高校生、
仕事を楽しめない大人が多いのか
―おふたりは2015年に共同で一般社団法人ウィルドア(以下、ウィルドア)を設立されていますが、知り合われたのはいつ頃ですか?
竹田:武口は6歳上で、同じ高校の合唱部の先輩なんです。部のOB・OG会の企画運営を通して知り合い、話が合って一緒に活動を始めたのがスタートです。
―ウィルドアは教育に関わる活動を広くしていますが、その頃から「教育」に関心が?
竹田:いいえ、その時は全く。ただ、私は高校時代ずっと、「どうして皆、こんなに夢がないんだろう」「なぜ進路にこんなに悩むんだろう」という点に違和感を持っていました。私自身、あるゲーム会社に入りたいと思っていたんですが、小さな会社だったので誰からも肯定されませんでしたし、私も強く主張できませんでした。やりたいことを胸にしまっていたこともあって、もやもやを感じていたのだと思います。
大学進学後もその問題意識があり、生徒たちに対して何かサポートができないかと、予備校でバイトして学生たちに話を聞いたりしました。その中で気づいたのは、高校生はそもそも将来への知識が与えられてないし、考えるきっかけも与えられていないということ。カッコイイ大人と出会ったこともなく、将来へのイメージが持てない子が多いという点でした。
その状況を変えたいと思いながらも、ずっと方法が見つかりませんでした。ただ、東日本大震災で復興ボランティアとして現地に行った友人達が、その活動を通して目的や社会との接点を見つけて帰ってきたのを見た時、地域や多くの人との出逢いが状況を変えるきっかけの1つになるのでは、と感じたんです。
―それがウィルドア設立へとつながったのですね。
竹田:武口と、母校がある神奈川県という地域で何かできることがあるのではないかという話をするようになりました。その後、そこから始まった活動を継続・発展するために就職ではなく大学院への道を選び、さらにいろいろな偶然も重なって、ウィルドアの立ち上げに至った形です。
―武口さんは大学卒業後、ウィルドアを設立する前に一度就職されていますね。
武口:私は特に夢を持っていたわけではなく、 IT系の会社で企業系システムの開発等をしていたものの、その仕事をずっと続けたいわけではありませんでした。
ただ、昔から「仕組み」というものに興味があったんです。大学では政治の仕組みを勉強しましたし、システム構築という仕事を選んだのもそのためです。「どうしたら人がうまく生きる仕掛け、生きやすくなる仕組みを作れるか」は、ずっと自分のテーマだったように思います。
働き始めてみて、私自身もそうだったのですが、自分の生き方に自信を持っている大人、働くことを楽しく示せる大人が、なぜこんなに少ないんだろうと感じるようになりました。それで、会社に勤めながらいくつもの団体に参加したり、ボランティアをしたりして、自分の方向性を探す時期が2年ぐらい続きました。その中で、キャリア教育をやっているNPO団体で、理事をさせてただいたことも。
そうしていろいろと模索する中で、自然と「教育の仕組みづくり」に結びついていったように思います。
ウィルドアのホームページ
「あの時こういう機会があったら――」
感じた可能性
―マイプロジェクトの活動に初めて参加したのはいつ頃ですか?
竹田:身近にマイプロジェクトに関わっていた人がいたので、以前から知ってはいました。その流れで関わりができて、2016年にカタリバさんから「マイプロジェクト関東事務局の運営を手伝ってもらえないか」と声をかけていただいたのが最初です。
―マイプロジェクトアワードは年に一度、全国の高校生たちがプレゼンテーションを行う大きなイベントです。ご覧になった印象は?
竹田:「自分の高校時代にこれがあったら」と強く感じましたね。高校時代、私も仲間達も多くのことにトライしたい、出会いたいという意欲はあったけれど、その機会が与えられませんでした。あの時こういう機会があったら、もっとおもしろいことがたくさんできただろうと思いました。
武口:今も、高校のインプット型の学びの中で、息苦しさを感じていたり、自分に合わないと感じていたりする生徒は多いと思います。全員がマイプロジェクトをやらなければいけないとは思いませんが、選択肢として、自分なりの学びを作っていける仕組みがあることがすごく大事だと思います。
高校で行ったプログラムの様子
「教育委員会との連携」により、
探究学習の土台づくりがスピーディに進行
―「高校生学びのフォーラム長野」に携わることになったきっかけは?
竹田:カタリバさんから「マイプロジェクトアワードのサポーターでもある長野県教育委員会事務局・高校改革推進役の内堀繁利先生が、マイプロジェクトに興味持ってくださっているのですが、一緒にやりませんか」と誘っていただきました。
最初の打ち合わせで内堀先生が、「マイプロジェクトを長野県に広めたいんだ」と熱くかつ論理的に話される姿に、すごく感銘を受けたのを覚えています。探究の意義や価値などをとても深く捉えていらっしゃる内堀先生のお力になりたい、この先生となら必ずおもしろいものが作れると感じました。
武口:ウィルドアの理事の1人に、長野県出身の者がいることも大きな後押しとなりました。彼は学生時代から自分で学生団体を立ち上げ、長野県の高校生たちに学びの楽しさを伝える合宿型プログラムを運営するなど、地元に対する強い思いを持っています。そうした思いを注ぎ込んで行ける先として、縁ある長野で頑張ってみたいと思ったのも大きかったです。
―具体的にどのような活動をされているのですか?
武口:「高校生学びのフォーラム長野」は、長野県内の各高校・地域で取り組まれている探究学習を加速するためのプラットフォーム的な位置づけとしての事業です。
その中で私たちは、高校生向けの探究のブラッシュアップ、教員向けの勉強会、マイプロジェクトアワードの県Summitなどの開催を主に行なっています。企画の設計からスタッフのアサイン、研修など全般を担当していて、運営というよりは、いかに高校生に学びを深めてもらうかという点を、教育委員会や学校の先生方と一緒に作っていく感じです。
―この事業は「教育委員会が主催者」として実施している点が大きな特徴ですが、他の地域での取り組みと違う点はありますか?
武口:大きな仕組みの1つとして運営できるのは、大きなメリットだと強く感じています。一個人・法人として高校生向けの教育プログラムや教員研修などを企画・運営する場合、学校へのアプローチがとても難しいんです。どうしても一部の先生と私たち外部の人間が、勝手にやっていると見られやすいので。
でも、「高校生学びのフォーラム長野」では教育委員会のみなさんと連携して、個人では声が届かないような生徒にも参加の機会を届けることができています。結果として、探究の価値を理解する土台作りが、スピード感を持って進んでいる実感がありますね。
合宿の中で「本当の自分」に気づき、
変わる生徒たち
―「高校生学びのフォーラム長野」に参加した高校生の反応はいかがですか?
武口:地元愛や目的意識など、いろいろな形の熱を持った高校生が多い印象があります。もちろん学校の先生に「行ってこい」と言われて参加する生徒もいて、最初は生徒の間にかなり温度差が見られます。でも、プログラムへの参加を通して、それがどんどん変わって行くんです。
竹田:それを最も感じたのが合宿です。2019年は長野県の総合教育センターで、昨年もオンラインですが2日間の合宿を行いました。合宿があるのも「高校生学びのフォーラム長野」の特徴であり、大きな魅力の1つです。
合宿を通して、自分自身のプロジェクトをブラッシュアップしていく
―高校生たちにどのような変化があるのでしょう?
武口:合宿で「あなたはどう感じたの?」「その先に何がしたいの?」と問いかけを繰り返す中で、生徒たちが自分の中にある感情や、「思っているけど言えなかった自分」みたいなものに気づく姿をよく見ます。先生に言われて参加した生徒も、自分の中に深い思いがあったことに気づいて、自分にとって大事なことは何か、未来に何をしたいかという目線が大きく変わっていくんです。
竹田:私は生徒が皆で悩みを話し合っていた姿が印象に残っています。「初めて自分の熱量を受け止めてもらえた」「自分と同じ夢、同じ熱量を持った仲間と初めて出会えた」などの言葉を多く耳にしましたし、合宿の終わりには、「このプロジェクトをやって本当に良かった」「自分は幸せです」と言ってくれたり。
彼らのこれからの人生にエネルギーを与えられている手応えが毎年あって、それが個人的にもやりがいを感じる部分でもあります。
県内外の人との協働により、
「仕組み化」という、さらに一段高みを目指す
―「高校生学びのフォーラム長野」がスタートして2021年で3年目になりますが、変化などは感じますか?
竹田:長野のとある地域では、マイプロジェクトのために高校生に空き家をポンと貸してくれたり、別の地域では高校生の探究に企業が出資してくれたりと、さまざまな動きが生まれてきています。生徒たちの中にも地域への感謝の気持ちや、「私も地域のために何かしたい」という思いが、確実に根付きつつあるのを感じます。
武口:ファシリテーターなどスタッフとして参加してくれる方も、長野県の中にどんどん増えています。中には、7〜8回連続で参加してくださる方も。2019年に高校生として参加した子達が、今度はスタッフとしてマイプロジェクトの振り返りの場で「自分たちの人生にあの時何が起こっていたのか」を語ってくれることもあります。
この事業の力になりたいと言ってくださる方が増え、一緒に進む機会ができつつあるのはうれしいしですし、手応えを感じているところです。
マイプロジェクトアワード長野県summit(2019年度)
―大きな仕組みに新たな人材が加わり、さらに大きな動きが起きているんですね。
武口:実はウィルドアも今、協働できる人を増やす仕組みを作ろうと動いています。長野県の協働できる方々と、ウィルドアに協働してくれる方とがタッグを組み、より大きな探究や教育、サポートができる仕掛けを作ることができれば、「高校生学びのフォーラム長野」を通じて行えることも、より厚みを増すことができると考えています。
竹田:ウィルドアでは「”わたし”からはじまる学びを、一人ひとりの高校生に」というキャッチフレーズを掲げています。一人ひとりが違う理想や、在りたい姿、たどり着きたい場所がある中で、高校時代からそのために必要なこと、得たいものに向かって踏み出せたらいいなと、いつも考えています。
今後は「高校生学びのフォーラム長野」の取り組みを中心としつつも既存の枠組みにとらわれず、長野でそれを実現できる仕組みや環境づくりもしていきたいと思っています。せっかく大きな事業に関わらせていただいているので、多くの方々の熱をどうミクロに、どう町や学校に落としていくか、もう一段高いところを目指して挑戦していきたいです。
一般社団法人ウィルドア
■ホームページ: http://willdoor.org/
2021年度「高校生学びのフォーラム長野」の実施レポート
■教員向け研修:https://myprojects.jp/news/15286/
■生徒向け探究プログラム:https://myprojects.jp/news/15313/
-写真:ウィルドア提供
全国高校生マイプロジェクトでは、本記事でご紹介した「一般社団法人ウィルドア」をはじめとする全国の17団体/個人の皆様と「地域パートナー」としてパートナーシップを結び、マイプロジェクトの学びを全国に広げる活動を行なっています。
地域パートナーとの協働や現場視察を希望される方は、下記のフォームからご相談ください。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdaxjAeUO6Jf0TLlDYh1_i5p-Xo_GmjZGr4npXSkSH6czwm0A/viewform
この連載の記事
・「生き生きした若者が育つ環境をつくりたい」 その思いから自衛官を辞め、地域パートナーに転身。 彼が目指す「日常的な学びの場と未来の形」とは
かきの木のりみ 編集者/ライター
東京都出身。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、編集プロダクション3社にて各種紙媒体の編集を担当。風讃社にて育児雑誌「ひよこクラブ」の副編集長を4年間担当後、ベネッセコーポレーションにてWebタイアップや通販サイトなどの企画、制作、運営に携わる。2011年より独立。
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