若者の政治参加を推進する団体を立ち上げた彼女が、カタリバに新卒入社したわけ/NEWFACE
古野 香織 Kaori Furuno みんなのルールメイキングプロジェクト事務局
1995年生まれ。大学在学中、18歳選挙権の実現を契機に、若者の投票率向上や政治参加を推進するための活動を開始。 大学院では、中高校生への主権者教育について研究・実践を行う。 学校の中の民主主義と対話の実現こそが主権者育成の第一歩になるのではという思いから、カタリバに入職。「みんなのルールメイキングプロジェクト」を担当する。
ここ10年で、仕事のあり方・捉え方は、まったく違ったものになってきている。終身雇用は崩壊、転職は当たり前のものとなり、複業やフリーランスも一般化。テクノロジーの発達によって無くなる仕事予想も大きな話題となった。給料や肩書よりもやりがいや意味を重視する若者も増え、都会から地方にUIターンすることも珍しくなくなった。世界が一斉に経験したコロナ禍をへて、今後ますます働き方は多様に変化していくだろう。
そんな中カタリバには、元教員・ビジネスセクターからの転職・元公務員・元デザイナーなど、多様なバックグラウンドを持った人材が就職してきており、最近は複業としてカタリバを選ぶ人材もいる。その多くは20代・30代。彼らはなぜ、人生の大きな決断で、いまNPOを、いまカタリバを選んだのか?
連載「New Face」では、カタリバで働くことを選んだスタッフから、その選択の背景を探る。
学校でも民間企業でもない。NPOという立場だからこそ、できることがあるーー。
そう話すのは、カタリバで「みんなのルールメイキングプロジェクト」事務局に所属する古野香織。
学生時代、学業と並行して若者の政治参加を推進する団体を立ち上げ、活動していた古野。より若者たちが政治に興味関心を持ってもらうためには、学校教育そのものにアプローチしていく必要があると感じ、大学院へ進学。教科教育の研究に没頭した。
そして修了のとき、人生の岐路にあったのは「教員」「研究者」「民間企業」という選択肢……にも関わらず彼女が選んだのは、「NPO」というもうひとつの選択肢だった。
「基本的に新卒は採用しない」と言われていたカタリバに、彼女はいかにして入職することになったのか。
学生時代の経験を
仕事にきちんとつなげたい
ー新卒でカタリバへ入職されている方はとても珍しいですよね。どういう経緯があったのでしょうか?
教育の持つ可能性の大きさを知ると同時に、教育の限界に触れたという要因が大きかったです。
大学院では社会科教育の研究室に所属していました。大学院生として教科教育について深く学んでいく中で、学校教育の可能性を感じる機会は多々ありました。
ただ、たとえば政治に関する授業があったとしたら、1回の授業で生徒が「政治に参加しよう」と心から思えるようになると感じられず、「授業」や「カリキュラム」といったアプローチだけでは限界があると感じていました
また、自分の両親をはじめ、友人にも教員が多かったのでいろいろ話を聞いてみると、現場でできることには限界があることも分かってきて。しかも、当時はコロナの影響で一斉休校になってしまったタイミング。「目の前の生徒に対してやりたいことはあっても、実行が難しい」などの声を聞き、一教員としての限界も実感していました。
その頃私はまさに修了後の進路について考えており、個人的には「教員」「研究者」「一般企業への就職」の3つを検討していました。
でも、教員の仕事は先ほどお伝えしたように「これをやりたい」と思っても自分でできることは限られてしまいそうだし、研究者はもっと現場に近いところで働いてから本腰を入れたいな、と考えていました。
かといって一般企業への就職では、自分がこれまでやってきたことや考えがうまく仕事とつながらなさそうな気がしてしまって……いずれも私のイメージ先行なのですが、勝手にお先真っ暗な状態に陥っていました。
ー「これまでやってきたこと」というと?
学生時代、若者の選挙や政治参加を推進する団体で活動していました。きっかけは、2012年冬の政権交代。もともと政治には全く興味がない普通の女子高生だったのですが、政権が変わりいろいろなことが次々と変化していって「日本の政治はこのままどうなってしまうんだろう?」と不安に感じたことが原点です。
それで理系から文転して、法学部へ進学しました。同じタイミングで18歳選挙権が決まり、一瞬の盛り上がりは見せたのですが、周りの友達を見ていると「いきなり選挙権をもらっても、どうしたらいいんだろう?」と戸惑いの声が多かった。そこで、団体を立ち上げて若者の政治参加を推進する活動をスタートしました。
活動内容としては幅広くやっていました。高校生に体育館に集まってもらって模擬選挙を開催したり、選挙前に2週間ぐらい大学にブースを設置して候補者選びのアドバイスをしたり。
実際にやり取りすると「選挙って簡単!」「政治に参加したくなった!」というポジティブな感想をもらうことが多いのですが、実際に行動変容にまで影響を与えられていないような気がして。
「学校教育そのものを変えねば」と大学院へ進学することにしました。
「新卒採用はしていない」を乗り越えて
ー修了後の進路に悩んでいた古野さんは、どのタイミングでカタリバと出会ったのでしょうか?
実は大学時代からところどころで接点はありました。自分が運営している団体のイベントにスピーカーとしてカタリバの職員に来てもらったり、新聞社の企画で女川町に足を運んだときにカタリバが運営しているコラボ・スクールに寄ったりしていて。カタリバで働いている人たちとさまざまな現場で出会っていたので、漠然と「カタリバっておもしろそう」という意識はあったような気がします。
そんなときにカタリバの採用情報が目に留まって「あ、カタリバだ!」と応募しました。教員のように学校にフルコミットするわけでもないし、民間企業のように完全に学校の外部という存在でもない。
カタリバの掲げる“伴走”というスタイル、ポジションがすごくしっくりきて。「学校の職員室にNPO職員の席がある」というエピソードを聞いて、自分の理想の働き方があることに感動を覚えましたね。
ただ、一番最初は「基本新卒採用はしていないので、期待に添えられるかわからない」という回答だったので、不安は大きかったです。不安とは裏腹に、活動内容はユニークだし、今の部署の上司のようにアクティブ・シチズンシップの実践者として働いているメンバーもいたので、話を聞けば聞くほどますます惹かれていきました。
ー先ほど、就職によって「これまでやってきたことや考えが、うまく仕事とつながらなさそうな気がする」というお話がありました。カタリバの場合はどうだったのでしょうか?
ネガティブなイメージは全くなかったです。選考中に面接を担当してくれた職員が私の経歴についていろいろ質問してくれるのですが、皆おもしろがってくれるし、何より「これまでやってきたことを仕事に繋げようとする姿勢は、なくさなくていいよ」というメッセージを発信してくれて。
「もしかしたら私はカタリバっぽくないかもしれないんですが……」と枕詞を置いて話す自分に対して、「古野さんが入職することでカタリバがより多様性のある組織になっていくし、周りへの刺激も与えられるから」と声をかけてもらえたのがすごく嬉しかったです。
ーそしてめでたく採用。あまり前例のない状況でチャンスを掴んだわけですが、要因はなんだと思いますか?
自分で「要因はここです!」と言うのは難しいのですが、自分で団体をつくって、教育プログラムをつくってという活動を10代の頃からやっているので、そのあたりの経験値を評価してもらえたのではないかと思っています。
入職した今になれば、新卒を採用していない理由はすごく納得できるんです。おそらく育成にお金も時間もかけていられないので、すぐにでも現場で自走できる人が必要。一般的なビジネスマナーは備わっていないかもしれないけれど、カタリバで活かせるプログラム運営や学校文化の理解などの技能が備わっていたことが、要因だったのかもしれません。
大変なことだらけ。
でも、すごくおもしろい
ーそして、みんなのルールメイキングプロジェクトに配属されます。こちらはどういった部署なのでしょうか。
学校における校則を、生徒が主体となって先生や保護者を巻き込みながら対話的に見直していく。そのプロセスを支援するプロジェクトです。
近年「ブラック校則」という言葉も出回るようになったこともあり、すごく注目を集めている分野で。このプロジェクトが始まったばかりの頃は、カタリバから学校に声をかけて参加校を集めていたのですが、年々問い合わせが多くなり、今年度は実証事業校として伴走している学校が10校以上あります。
保護者や地域の方からの関心も大きい分野なので「変えなきゃいけないことはわかっているけどどこから手をつけていいかわからない」という学校も多く、ニーズを感じています。
他にも「校舎を建て替えるタイミングで校則を見直したい」「共学化するにあたり生徒主体で校則やルールをつくってみたい」といったニーズもあります。「まずは自分たちでやってみるので、とりあえず教材がほしい」「研修会を開いてほしい」といった声も届いていますね。
ー古野さんはどういった業務を担当しているのでしょうか?
みんなのルールメイキングプロジェクトに関わる業務を、幅広く担当しています。学校の先生への研修会を運営したり、私自身がコーディネーターとして入っている学校で生徒を交えてミーティングを実施したり。あとはプロジェクトの広報的な役割も担っています。
校則の見直しがある種のムーブメントになっていますが、一方で「校則を見直したいけどどうしたらいいのかわからない」「生徒としては取り組みたいんだけど、先生にどう伝えればいいのかわからない」という声もたくさんあるので、先生や生徒の声を取り入れながらルールメイキングすることを周知するイベントなども開催しています。
あとは、教材づくりですね。私が教育系の研究室出身なので、授業のプログラムづくりにも携わっていて、本当に多岐にわたる仕事に関われていると思います。
生徒・先生・有識者を交えた議論の場を運営する古野(左上)
ー話ぶりからものすごく充実感が伝わってくるのですが、大変なことってあるんですか?
それでいうと、大変なことだらけです(笑)。そもそも校則を見直せること自体が世の中に浸透していないですし、生徒主体で対話的に進めていくことに対して、先生から理解を得ることも大変です。
それに厳しい校則には、過去の経緯やその学校の教育理念など、それなりの理由があるんです。もちろん明らかに人権侵害になるような校則に関しては見直すべきですが、たとえば教員と保護者がそれぞれ期待する生徒像が違うことも多々あります。
それぞれ受け入れられないポイントもある中で、いかに理解を進めていくかはものすごく難しいところですね。
ー逆に楽しいと感じるのはどんなときですか?
矛盾して聞こえるかもしれませんが、おもしろいと感じることばかりです(笑)。そもそも私が10代の頃から「いつかやりたい」と思っていたことの延長線上にある事業なので。
でも、教員になっていたら、日々の仕事もあるなかでこれほどまでにあれこれ手を動かすことは難しかったと思います。学校に伴走するNPOだからこそ、できることも沢山あります。
カタリバのこれまでの活動を評価してくださっている学校から「カタリバとならやりたい」と言っていただけることもありますし。カタリバを信頼して接点を持ってくれている学校があること自体、入職してよかったと感じます。
拝啓。3年後の私へ
ー古野さんの仕事に必要な能力があるとしたら、一体なんでしょうか?
「アリの目と鷹の目」ですかね。アリの目で「明日何をするのか」「あの先生とどうやってコミュニケーションを取るとよいか」などを思考・実践し、鷹の目で「こんな社会をつくっていきたい」「学校教育をこう変えていきたい」と考える。
「理想と現実」の両方をとらえる、ということでもあるかなと思います。
私たちに求められているのは、この2つだと思うんです。「理想は語るけど、現場を知らない」や「現場ではテキパキ動くけど、ビジョンがない」ではダメで。現場で奔走しつつ、方向性を指し示すことができる能力は、NPO、少なくともカタリバにとっては重要だと感じています。
実際、代表の今村やみんなのルールメイキングプロジェクトの事業責任者を務めている菅野はそのバランス感覚がものすごいんです。理想を語るべきときは語って、でも現場では起きている状況に寄り添いながら現実的な提案もできる。彼らの背中を見て「自分もこういう風になりたい」と思わせてもらっています。
ー古野さん自身、今後のビジョンはあるのでしょうか?
みんなのルールメイキングプロジェクトは事業としてはまだまだ新しいので、取り組みの輪をどんどん大きくしていくことで世の中からの期待に応えていきたいと思います。
私自身としては、事業の必要性やビジョンを自分の言葉で語れる“事業の顔”のような存在になりたいですね。ルールメイキングについて知りたいと思ったときに声をかけてもらえるような。
実は以前、「ルールメイキング委員会」という企画を立ち上げ、中高生向けに公募を出していたことがありました。そのときにエントリーしてきた生徒が「古野さんのSNSで活動を知ってエントリーしました」って教えてくれて。
それ自体が嬉しかったし、私を介して事業について知ってもらえたならこんなに嬉しいことはありません。1日でも早く事業の顔になれるように、意識も働き方もブラッシュアップし、発信の機会を増やしていきたいと思います。
発信を通じて、ルールメイキングについて興味を持ってもらえたり、「こんな人もカタリバで働いているんだ!?」と思ってもらえたりしたら、すごく幸せです。カタリバの多様性の一つとして認識してもらいたいですね(笑)。
ーぶっちゃけた話、古野さんがずっとカタリバで働かれていくイメージがないのですが……(笑)。
あ、それは面接のときにも言われていました。「カタリバはあなたがずっといる場所じゃないよ」と。でも、だからこそカタリバは自分にストレッチをかけて、能力を身につけ、考え方を磨くにはうってつけの環境だと思います。まずは3年後を見据え、自分が理想とする生き方を実践するために、逆算して今すべきことをやっていきたいと思います。
「『ずっとここにいよう』と思って過ごす3年間と、『3年後には退職する』と思って過ごす3年間は絶対に密度が変わると思うんですよね」と話す古野。その口ぶりは、新卒のものとは到底思えない。まずは3年後、彼女がどのように成長を遂げていくのか。周囲が期待し、巻き込まれてしまう天性の才能が、彼女にはあるのかもしれない。
◇「ルールメイカー育成プロジェクト」情報◇
「ルールメイカー育成プロジェクト」メールマガジン
学校関係者・生徒・保護者をはじめ、この取り組みに関心がある全ての方に向けて、ルールメイキングに関する全国各地での動向・取り組み事例などを毎月配信しています。
また、ルールメイカー育成プロジェクトが主催するイベント情報も合わせてお届けします。
▶メールマガジン登録はこちらから
直近のイベント
<校則見直しの指針づくり 公開トークセッション>
全国で校則見直しの動きが広がるなか、ルールメイカー育成プロジェクトでは、ルールメイキングに取り組む当事者たちが迷ったときに立ち戻れる指針「ルールメイキング宣言」にも取り組んでいます。
宣言づくりの様子は、youtubeライブにて一般公開しています。ご興味のある方はぜひご覧ください。
第5回:令和3年 10月2日 (土) 10:00ー12:00
-参加校:ドルトン東京学園中等部、泉大津市立小津中学校、山形県立遊佐高校
-サポーター:真下麻里子(弁護士)、安田馨(安田女子中学高等学校 副校長)
-中高生メンバー:安達 晴野(東京都立北園高等学校3年)
-配信URL:https://youtu.be/f7nohBoSN-s
第6回:令和3年 10月16日 (土) 14:00ー16:00
-参加校:四條畷学園中学校、栃木県立足利清風高等学校
-サポーター:讃井康智(ライフイズテック株式会社 取締役 最高教育戦略責任者)、平井聡一郎(株式会社情報通信総合研究所 特別研究員)、田中麻衣(スウェーデン就学前学校Guldklimpar 理事)
-中高生メンバー:林 樟太朗(近江兄弟社中学校2年)、藤田 崇都(千葉県立成田国際高等学校3年)
-配信URL:https://youtu.be/IQ8gLEHAvvM
(以上、五十音順、敬称略)
▶公開トークセッションの詳細はこちら
【参加者募集】学校の校則、どう見直していくのがいいんだろう?「ルールメイキング宣言づくり」委員会の様子を見学しませんか?
この連載の記事
・「人生のビジョンを実現するために選んだ道」25歳の彼が国際NPOからカタリバに転職したわけ
・「自分の幅を広げたい」25歳の彼女が教員からカタリバに転職したわけ
・「豊かな人間関係がこの社会には必要」海外留学・商社勤務を経た彼がNPOカタリバに転職したわけ
・「いま純粋に毎日が楽しい」27歳で大企業からカタリバに転職したわけ
・「正解はない。だから、おもしろい」27歳でまちづくり団体からカタリバに転職したわけ
・「人それぞれの良さを伸ばしたい」26歳で外資系コンサルからカタリバへ転職したわけ
・「生の課題に触れられる仕事」高校2年でカタリバと出会った22歳が新卒入職したわけ
・「助けが必要なひとたちのために」国際NGOを立ち上げた青年がカタリバを志したわけ
・「事業のスピード感を加速させる」採用のプロが28歳でカタリバに転職したわけ
・「経験を掛け合わせて、自分の価値を高める」民間企業でキャリアを重ねた彼が、カタリバを選んだわけ
・「自分の人生を自ら選択する勇気を授けたい」大手鉄道企業からカタリバに転職したわけ
・アボリジニの生活支援を経て、帰国した青年がカタリバを選んだわけ
・「複業で、多様な視点を身に付けたい」教育スタートアップで働く青年が、カタリバを選んだわけ
・「子どもたちに第三の場所をつくりたい」元新聞記者がカタリバを選んだわけ
・「子どもが夢をあきらめない世の中へ」新卒でメガバンクへ就職した彼女が、カタリバを選んだわけ
カタリバで働くことに関心のある方はぜひ採用ページをご覧ください
田中 嘉人 ライター
ライター/作家 1983年生まれ。静岡県出身。静岡文化芸術大学大学院修了後、2008年にエン・ジャパンへ入社。求人広告のコピーライター、Webメディア編集などを経て、2017年5月1日独立。キャリアハック、ジモコロ、SPOT、TVブロス、ケトルなどを担当しながら、ラジオドラマ脚本も執筆。
このライターが書いた記事をもっと読む