「夢中になれるものが見つかれば、仲間はできる」スポーツクライミング五輪日本代表・原田海 /カタリバ応援者インタビュー#01
原田 海 Kai Harada プロクライマー
大阪府岸和田市出身、日新火災所属。10歳でクライミングを始め、2015年の全日本クライミングユース選手権のボルダリング種目で初優勝を飾り、2016年の同大会で2連覇を成し遂げる。同じ年、アジアユース選手権ボルダリング種目でも優勝し国際大会初タイトルを獲得。2018年世界選手権ボルダリングで優勝しシニア大会初となるタイトルを獲得した。2020年12月東京五輪出場内定。
カタリバでは、さまざまな方に寄付という形でのサポートをいただきながら、子どもたちを支援しています。そんなサポーターの1人として寄付を決定してくださったのが、スポーツクライミングで東京五輪日本代表に内定している原田海(はらだ・かい)選手。
若きアスリートである彼が、なぜ教育系NPOのカタリバに寄付をすることになったのか。その背景にあるという幼少期の原体験、そして、ある出会いとは。「子どもたちには、夢中になるものを見つけてほしい」と語る原田選手の想いを辿ります。
子どもたちが、夢中になれるものを見つけるきっかけに
ーカタリバへの寄付を決定いただき、ありがとうございます。原田さんが22歳という若さながら“寄付”という自分以外にベクトルが向く行為をするに至ったきっかけは、何だったのでしょうか。
特に何かきっかけがあったわけではありません。「困っている人や必要としている人の役に立ちたい」というシンプルな気持ちです。
もともとコンビニのレジ横にある募金箱によくお金を入れるようなタイプで、寄付という行為自体にはあまり抵抗がなくて。言葉や気持ちはもちろん大事だけど直接的に支援することの重さも理解しているつもりだったので、マネージャーから寄付活動について聞いた瞬間に「やります」と答えました。
ー寄付先として、なぜカタリバが選ばれたのでしょうか?
前提として、子どもたちを支援したい気持ちが強かったです。ぼく自身が母子家庭で子どもの頃に寂しい思いをしたり、他の子どもたちとの違いを実感しながら生きてきた部分があったので、「自分と似た境遇にいる子どもたちの力になりたい」と思っていました。
なかでもカタリバを選んだ理由は、僕と子どもたちの距離感の近さです。寄付を検討するにあたりカタリバのこれまでの活動実績やWebサイトでの発信などを見ました。そうしたものを見ているなかで、「自分の寄付が、この子たちにちゃんと活用されている」と実感できそうだと思えたので。
ー原田さんご自身は、自分の寄付をどのように活用してもらいたいと思っていますか?
そうですね……子どもたちが夢中になるものを見つけるきっかけにしてもらえたら嬉しいですね。僕自身、幼少期に感じていた寂しさを解消してくれたのが、スポーツクライミングとの出会いでした。どんどんのめり込んで、気がついたら夢中になってて、いつの間にか寂しさを忘れていた。もちろん僕のようにスポーツじゃなくてもいいから、何か夢中になれるものと出合うきっかけにしてもらいたいと思います。
人格を形成した、幼少期の
ボルダリングジムでの出会い
ー幼少期の話も聞かせてください。最初は、ご自宅の近所にあるボルダリングジムに通ったと伺いました。プロを目指すほどスポーツクライミングに熱中できた理由には、競技自体の面白さに加え、ジムの存在も大きかったような気がするのですが、いかがでしょう?
間違いないですね。競技自体も楽しかったんですが、ジムにいる20〜40代の大人たちが年齢差があるにも関わらず親しく接してくれたのが、すごく嬉しくて。家族ではないけれど、家族のような距離感で面倒見てくれる人たちの存在が、続けてこられた理由のひとつです。
特に仲良くしていたメンバーが10人前後いて、僕が高校卒業して上京するまで仲良くしてもらっていたんですが、彼らが僕の人格をつくったと言っても過言ではないですね。
ー原田さんのインタビューやYouTubeを拝見すると、ものすごく冷静でかつストイックに自身の客観視できているように見えますが、そういうところも?
もしかしたらそうかもしれません。
僕が大会で2位や3位になると他の人たちは「すごいね」って褒めてくれても、ジムの大人たちは「本当に2位で満足しているのか?」ってストレートな言葉を投げかけてくれたり……そんな環境のなかで、自然と冷静かつストイックになっていった部分もあります。
今ではすっかり、自分を客観視するもうひとりの自分がいるような感覚が出来上がっていて。アスリートとしては他人に影響されにくいところは長所だと思うんですが、他人から取り入れるべき部分を見逃しがちなところは短所なので、そのあたりは改善していきたいですね。
ージムの大人たちと学校の先生たちとの、関係性の違いがあるとしたらどのあたりでしょうか?
やはり、距離感ではないでしょうか。学校の先生は、教師と生徒の関係を保たないといけないので、必然的にある程度の距離や上下は生まれる。先生たちは意識しているかわかりませんが、少なくとも僕はそう感じました。
でも、ジムの大人たちは「クライミングしに来ている仲間」なんですよね。だから、年齢差はあれど距離は感じない。本当に兄弟のような感じで、敬語も使わなかったですね(笑)。距離感が近いから、みんなで遊びに行ったり、バカな話をしたりすることもあったし。僕にとっては、本当に貴重な存在でした。
「夢中になれるものを見つけなきゃ」とは、思わなくていい
ー原田さんにとってのジムの大人たちのような存在は、カタリバでいう“ナナメの関係”にも近いように感じました。改めてお話をうかがって家でも学校でもない場所で、親でも先生でもない人たちと関係性をつくっていくことの大切さを実感しています。
人間って、孤独でいることが何よりツラいと思っていて。だから、楽しい時間を共有する仲間を見つけられたことは本当にラッキーでした。結果として、彼らの存在が今の自分を形づくる要素になっているので。
ただ、仮に仲間が見つからなかったとしても、そこまで気にすることはないと思います。僕自身も、最初はクライミングが好きで夢中になってやっていたら、いつの間にか仲間ができていただけなので。必ずしもスポーツじゃなくても、音楽やダンス、絵を描くことでも、もっと言ってしまうと学校の科目の延長線上にあるようなものでもいい。「コレ、本気でやりたい」と思えるものを見つけて、全力で取り組めば、いつか仲間もできるはずです。
ー「夢中になれるもの」ってどうすれば見つかるんでしょうか?
大切なのは、あまり意識しないことだと思います。夢中になれるかどうかは、あくまでも結果論。「好きなものを見つけるために始める」というよりも、「『興味がある』『面白そう』ぐらいの気持ちで始めたものに、いつの間にか夢中になっている」というものだと思ういます。特に子どもは日々いろんなことができるようになって、周りの環境もどんどん変わっていくので、興味の幅も広がっていくわけですし。
自分自身の経験から感じていることとしては「一度辞めたけれど、またやりたい」と思えるものは、夢中になれる可能性を秘めているかもしれません。実は、僕も中学の頃、部活動に熱中して一度クライミングから離れていた時期があって。それでも「またやりたい」と思って、再度チャレンジしました。そういう意味でも、あまり「コレ!」と決めつけずに、いろんなことに興味を持つ方がいいのかもしれませんね。
ー原田さんにとって、クライミングの最大の魅力はどのあたりですか?
常に新鮮な気持ちでいられることですね。競技の特性上、同じ動きを繰り返すことが結構少ないんですよ。大会になると、初めてのコースを登ることが当たり前なので。僕自身飽き性なのですが、クライミングをしていて飽きを感じたことはまだないです。
クライミングの魅力を、
次の世代へ
ー原田さんご自身も子どもたちのためにクライミング教室を構想していると聞きました。それは、やはりクライミングの楽しさを広めていきたい気持ちが強いんですか?
そうですね。あとは、僕自身が子ども好きなので。子どもたちにクライミングの楽しさを少しでも感じてもらえたら嬉しいですね。僕もジムの大人たちにクライミングの楽しさをたくさん教えてもらってきたので。
それに「教える」という行為は、僕自身にも好影響があります。YouTube配信でも実感していますが、肌感覚で理解していたものを言語化していく過程で自分自身の理解も一層深まるんですよね。しかも、相手が子どもとなれば、大人に教えるよりも難易度は高くなっていく。その先にある達成感を味わってみたいという気持ちもあります。
ーまだまだやりたいことはたくさんある、と。
競技で結果を残すことはもちろん大事です。同時に、クライミングというスポーツの知名度は低いからもっといろんな人に知ってもらいたいし、僕自身も競技用ではなくアウトドアの環境で岩を登ってみたいし……本当、一生楽しめる競技だと思うので、何歳になってもクライミングには関わっていきたい。クライミングの魅力を、いろいろな世代に伝えていきたいと思います。
インタビューを経て改めて、原田さんのクライミング愛の強さを感じました。その愛は、今後原田さんに教えてもらう子どもたちにもきっと伝播していくのではないでしょうか。原田さんのように子ども時代に夢中になれるものを見つけられるよう、カタリバとしても子どもたちに伴走していきたいと思います。今日は素敵なお話、ありがとうございました。
-原田選手のSNSアカウント
■Instagram:https://www.instagram.com/kai_hrd/
■YouTube:https://bit.ly/2XtVnTO
-写真:博報堂DYスポーツマーケティング提供(1~4枚目)
田中 嘉人 ライター
ライター/作家 1983年生まれ。静岡県出身。静岡文化芸術大学大学院修了後、2008年にエン・ジャパンへ入社。求人広告のコピーライター、Webメディア編集などを経て、2017年5月1日独立。キャリアハック、ジモコロ、SPOT、TVブロス、ケトルなどを担当しながら、ラジオドラマ脚本も執筆。
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