CLOSE

認定NPO法人カタリバ (認定特定非営利活動法人カタリバ)

〒164-0001 東京都中野区中野5丁目15番2号

お問い合わせ

※「KATARIBA」は 認定NPO法人カタリバの登録商標です(登録5293617)

Copyright © KATARIBA All Rights Reserved.

KATARIBA マガジン

高校生で中1の勉強から学び直し…児童養護施設で暮らす彼が航空専門学校に合格するまでの伴走の軌跡

vol.358

家庭でも学校でもない、第3の居心地が良い場所「サードプレイス」。そこは、子どもたちがやりたいことを見つけたり、自分の良さに気づくことができたりなど、世界が広がる場所でもあります。最近では「子どもの居場所」としても認知が広がっています。

困難な状況を抱える子どもたちは塾や予備校に通うことが難しく、受験勉強が特に高いハードルになりがちです。そのため、カタリバのサードプレイスでは、受験サポートにも力を入れています。受験勉強を通して子どもたちはどのように変化・成長していくのか。ある男子高校生のケースについてお伝えします。

体験学習で見つけた
「1等航空整備士」という目標

10歳から児童養護施設で暮らしているレイゴさん。彼がカタリバのサードプレイス「放課後の居場所」に来所したのは中学3年生の秋。児童養護施設の職員さんから強くすすめられたのがきっかけでした。

レイゴさんは明るくて活発な少年でしたが、勉強は大の苦手。宿題もしょっちゅう忘れて、中学での成績は下から数えたほうが早いくらいでした。

そんなレイゴさんが変わったのは高校1年生の夏休み。「放課後の居場所」の体験学習に参加したことがきっかけでした。

体験学習とは、地域のさまざまな企業や店を訪問し、仕事を体験したり話を聞いたりするプログラム。こうした経験を通して子どもたちの視野を広げ、興味関心の選択肢を増やしたり深めたりする機会を提供することを目的としています。

レイゴさんが参加した体験学習は、大型航空機の整備や保守を担当する1等航空整備士の話を聞くという内容でした。子どもの頃から飛行機が大好きだったレイゴさん。普段は見ることができない飛行機内部の映像や、整備した航空機が空へ舞い上がる映像を見て、その迫力に心が大きく揺さぶられたと言います。

その瞬間から1等航空整備士はレイゴさんの将来の目標になりました。航空整備士になる方法を調べ、通える場所に航空専門学校があることがわかると、そこへ進学するために勉強を頑張り始めたのです。

しかし、これまで勉強を避けていたことから、特に数学はわからないことだらけでした。そこで高校2年の春から、「放課後の居場所」スタッフのテツロウさんが受験をサポートすることに。

レイゴさんも、「やりたい仕事ができて、このままじゃいけないと思ったんです。ちょっと前までは勉強なんて嫌いでしたけど、今はめっちゃやる気あります!」と強い意欲を見せていました。

自分で考え、選び、
決められる大人になるために

勉強は中学1年生の内容の学び直しから始めることになりました。すると、レイゴさんの勢いはとたんに失速。「無理!何もわかんないんで全部教えてくださいよー」と、テツロウさんに甘えるようになったのです。

「自分が今やらないといけないことや、やるべきことの判断を、全部私に委ねようとしていました。それだけ受験への不安が大きかったのだと思いますが、合格すれば終わりではありません。専門学校に入ったら自分1人の力で頑張らないといけない場面が増えますから、自分で考え工夫する力をつける必要があると思いました」(テツロウさん)

学習塾講師の経験も持つテツロウさんは、この点が「放課後の居場所」の受験サポートの特徴だと話します。

「『放課後の居場所』では、その子が“自立した大人として社会に出る”ことをゴールと考え、大学や専門学校への合格はその段階の1つと捉えています。

だからこそ、スタッフがレールを敷くのではなく、子どもが自分で考え・選び・決めることが大切だと考えているのです」(テツロウさん)

特に困難な状況を抱えている子どもは、成功体験が少なかったり自己肯定感が低かったりすることがあります。そういう背景を持つ子どもたちにとって受験が“目標に向けて努力する経験”や“成功体験を得る機会のひとつ”になるように。それが「放課後の居場所」が目指す子どもへの関わり方だとテツロウさんは言います。

レイゴさんに対しても“自分で考えることをサボらせない”ことを意識して関わったと言うテツロウさん。彼が甘えてきてもすぐには解答を教えず、「どこまではわかる?」「ここはどうしたらいいと思う?」と、少しずつ確認しながら進めていきました

「レイゴさんも『すぐには教えてくれないんだ』と理解し、一旦自分で考えてみるようになりました。夏休みが終わる頃には『ここまではできたんですけど、この先がわかんなくて』と、できるところまで自分でやってみることが当たり前に。これは大きな進歩だと思いました。

高校生が中1の勉強からやり直すのは、決して簡単なことではありません。それを、迷わず行動に移せたのは彼の強さですし、その強さを持つ彼は伸びるだろうと思いました」(テツロウさん)

「今できることはやった」
迎えた受験本番

高3になってからは、中学の振り返り勉強に加えて入試対策もスタート。特に面接はレイゴさんにとって初めての体験なので、当日緊張しないよう何度も練習を重ねたと言います。

「どうして航空整備を学びたいのか、どうしてその専門学校に行きたいのかなど、面接で想定される質問を洗い出し、言語化して伝えるトレーニングを行いました。

伝えたい内容が頭に入ったら、次はレイゴさんが会ったことのないカタリバスタッフが面接官となって本番さながらの面接練習も何度か行いました。面接官を担当したスタッフが、『しっかり目を見て話ができたのは良い印象だった』などポジティブなフィードバックを多くしてくれたこともあり、最後には面接を楽しみにするほどになりましたよ(笑)」(テツロウさん)

勉強でも小さな「できた」を丁寧に積み重ねることで、徐々に自信がついていったレイゴさん。試験当日には、「今できることはやったと思う」と、落ち着いて会場へ出かけて行ったそうです。

そして3週間後、第1希望のA航空専門学校から合格のメールが!レイゴさんはテツロウさんをはじめ、面接練習を手伝ったスタッフ一人ひとりにメールを見せながら報告し、お礼を伝えてくれたそうです。

「そのときもレイゴさんと『ここがスタートで、ゴールは1等航空整備士になって活躍することだね』という話をしました。本人もそれをよく理解してくれていて、『専門学校の授業が始まるまでに集中して勉強しておきます』と、高校卒業まで『放課後に居場所』に通って勉強しました。さらに海外に興味があるということで、オンライン英会話講座にも参加しました。

その様子は受験サポートを始めた頃の、すぐ人に頼って甘える彼とはまるで別人。自分の人生に責任感を持って、自分で『今はこれを頑張る』と決めて努力できるようになったことは、本当に大きな成長だと感じました」(テツロウさん)


 

「放課後の居場所」では子どもが自立した大人になって社会に出ることを目指し、“子どもの選択肢を広げる”ことと“子どもの意思を尊重する”ことを常に意識して関わっています。さまざまな仕事に触れる体験学習や受験は、いずれもそのゴールに向けた布石の1つ。こうしたな布石をいろいろなシーンで打ちながら、子どもたちの成長をサポートしているのです。

「私たちが考えるゴールは、受験合格と違って明確な結果が出るわけではありません。その分、とても難しくて悩むこともよくあります。でも、生徒の成長をより感じられますし、生徒と一緒に進んでいる実感が得られるのは楽しく、やりがいも大きいと感じています(テツロウさん)

※個人の特定を避けるため、一部フィクションが含まれています

関連記事
不登校、発達障害…サードプレイスで出会ったタクトとアラタが高校へ進学、軽音部に入るまで
放課後の居場所で“みんなで食べるごはん”が中学生たちにもたらした変化とは

Writer

かきの木のりみ 編集者/ライター

東京都出身。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、編集プロダクション3社にて各種紙媒体の編集を担当。風讃社にて育児雑誌「ひよこクラブ」の副編集長を4年間担当後、ベネッセコーポレーションにてWebタイアップや通販サイトなどの企画、制作、運営に携わる。2011年より独立。

このライターが書いた記事をもっと読む