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KATARIBA マガジン

「高校生団体」という新しいスタイル -ポスト震災世代はいかにしてオーナーシップを発揮するか-[マイプロジェクトのドラマ#03]

vol.058Report

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category #活動レポート

writer 今村 亮

連載 マイプロジェクトのドラマ
文部科学大臣賞の栄冠をかけて全国192校から562プロジェクト2,713人が探究の実践を発表する全国高校生マイプロジェクトアワード。審査基準に「主体性=オーナーシップ」を位置づける背景には、東日本大震災以降に加速した高校生団体という新しい潮流がありました。

ほしかった教育を大学生がつくった

NPOカタリバは2001年に大学生がつくった団体です。今でこそ従業員130人が勤務する認定NPO法人となりましが、創業当初は法人格もなく学生団体のようなものでした。とんでもなく貧乏でしたが、熱気だけはありました。学生でも教育を変えることができる、その熱量に仲間を巻き込みながら誕生しました。

その中のひとりが学生時代の私です。

当時のカタリバは、六本木交差点からすぐの廃校跡地の教室を事務所にしていました。あそこで未来を語り合った日々は、私の青春です。 あのころ語ったのは、教育を受けてきた当事者としての切実な要求でした。私たちは詰め込みではなく、やらされでもなく、対話と創造に満ちた主体的な場を欲していました。 つい親や先生を批判してしまうこともありました。受けてきた愛情を想像するには若すぎたのでしょう。なつかしいような恥ずかしいような気持ちです。 やみくもに走りながら「自分たちが高校時代ほしかったもの」を大学生が形にしたのがNPOカタリバでした。

みなと六本木ハウスにあった時代のカタリバ事務所(2004年10月)

震災前後に台頭した高校生団体

大学生にできることは、高校生にだってできるかもしれません。

あるときから東京では、学生団体ならぬ「高校生団体」が台頭し始めます。その変化は震災前後に起きました。 2010年と言えば、Twitter高校生「うめけん」が「~なう。」という流行語大賞を受賞した年であり、女子高校生「みさき・ひびき」がクラウドファンディングを呼びかけ渡航費を調達し、キューバに写真を撮りに行った年でもあります。 翌年には被災地支援の「Teen for 3.11」や途上国支援の「HOPER」、主権者教育の「僕らの一歩が日本を変える」が誕生します。

創業期の「僕らの一歩が日本を変える」(2013年)

まさに同時多発的に、高校生たちは社会課題の現場に飛び込みはじめました。
高校生団体を特徴づけるのはこのような点です。
1.学校の枠を超えた自主活動
2.SNS等での活発な発信
3.協賛金や寄付等の資金調達

そのあり方は、学校における部活動や探究学習とは異なります。内なる強い動機に結びついており、起業に近しいものがあります。創業当時のカタリバに似ています。

こうした潮流の背景にはスマホの普及や東日本大震災などマクロな社会の変化がありましたが、ミクロな源流として注目したいのが「日本高校生学会」の存在です。2010年に伊谷くんという高校生が同世代の交流を目的に創設し、ついに全国100人規模に達した当時最大規模の高校生団体です。全国紙にも何度か取り上げられました。

不運だったのは、その熱気のピークに企画した慶應義塾大学SFCでのイベントの日付が、2011年3月12日だったことです。前日に日本列島は大きく揺れ、彼らはイベント中止を余儀なくされました。 幸運だったのは、そのイベントに参加するはずだった高校生たちが次世代の高校生団体を次々に旗揚げしたことです。彼らはそれぞれ離れた場所にいながら、スマホで連絡を取り合い、同じ衝動を共有していたのです。自分たちが動かなくては、と。

女子高生ヘアードネーション同好会の奮闘

あれから10年。高校生団体というスタイルは全国に拡がり、全国高校生マイプロジェクトアワードの「個人・グループ部門」は、その登竜門となりつつあります。

今年グランプリに輝いたのは、小児がんに苦しむ子どもたちにウィッグを届ける群馬県の高校生団体「女子高生ヘアードネーション同好会」でした。

晴れた3月の陽気の中、会場に現れたのはキャメル色の制服の二人組。まりあさんとゆりあさんは、姉妹で団体を運営しています。明るくて礼儀正しくて、陽気なふたりだなという第一印象。お姉さんのほうが頼もしくて、妹さんの方が多少ボケている。しかしステージに立つと、その印象がガラリと変わりました。熱量や主体性が圧倒的だったのです。 大好きだったおじいさんが亡くなったことで、ガンという病気のおそろしさに向き合ったまりあさん。その恐怖は、抗がん剤で頭髪が抜けてしまう副作用にもあります。

中学1年生の頃、まりあさんは寄付で集めた髪の毛でつくったウィッグを無償提供する「ヘアードネーション」という取組があることを知ります。髪の毛を伸ばすだけならば、自分にもできるかもしれない。高校1年生まで伸ばし続けた髪の毛をついに寄付したまりあさんは、より多くの頭髪を集め、子どもたちを笑顔にするため「女子高生ヘアードネーション同好会」を立ち上げます。

女子高生ヘアードネーション同好会(2018年3月)

しかしあるとき、まりあさんは頭髪を寄付する先の団体と連絡がつかなくなります。頭髪は転売すると高価な値段がつくという事情が関係していることを知ります。この事件にショックを受けたまりあさんは、寄付先となるウィッグ会社や病院をゼロから探す決意をします。

まりあさんの発表で、私が涙をこらえられなかったのは、クラスでの出来事です。活動が注目され、メディアに取材などされ始めた頃、急にクラスの友だちに無視され始めます。つらい学校生活を終えて夜中に帰宅した後、郵便で届いた大量の髪の毛をひとりで整理する苦しい日々。涙があふれることもありました。

「今ここでやめたら、私には何もなくなってしまう」。

そんな時期を支えたのが、妹のゆりあさんでした。ふたりは協力し、一心同体で活動を続けます。子どもたちからの感謝の声や、頭髪とともに寄せられる応援メッセージが、二人の心の支えとなりました。あのとき挫折しなかったからこそ、団体は今でも続いています。まりあさんが高校を卒業した後、妹たち後輩世代が活動を引き継ぎました。今では700人からの頭髪を託される規模になりました。

ウィッグ第一号提供(2018年3月)

高校生団体から話を聞く限り、こうした悲しい事例は少なくありません。クラスの友だちだけでなく、先生や親に反対されたというケースもあります。活動を辞めないかぎり指定校推薦は出せないと言われた高校生も知っています。 彼女たちのような高校生を孤立させないため、私たちはマイプロジェクトアワードに「文部科学省後援」という冠をかかげています。社会はあなたを応援しているよ、と大きな声で叫ぶためです。

ちなみにまりあさんはこの春から、国立大学の医学部で学んでいます。きっかけはヘアードネーションの活動で出会った医師の影響だと言います。本気の活動は、本気の進路選択にもつながります。

だからこそ、未知なる課題に挑む高校生を応援する社会を私たちはつくりたいのです。

この連載の記事
#01/僕らがマイプロジェクトを始めたわけ
#02/島の高校と、ネットの高校。高校生をアクションへ導いた共通点とは

*本連載はリクルート進学総研発行キャリアガイダンスで連載する「マイプロジェクトに学ぶ、探究が蒔いた未来の種」の転載記事です。

Writer

今村 亮 パートナー

1982年熊本市生まれ。東京都立大学卒。NPOカタリバ創業期からのディレクターとして、カタリ場事業、カタリバ大学、中高生の秘密基地b-lab、コラボ・スクールましき夢創塾、全国高校生マイプロジェクト事務局を手がける。文部科学省熟議協働員、岐阜県教育ビジョン検討委員会委員を歴任。2019年に独立し「ディスカバ!」立ち上げ中。NPOカタリバパートナー。慶應義塾大学にて非常勤講師を兼務。共著『本気の教育改革論』(学事出版)。

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